こんこん、とひかえめにノックされた扉にティエリアはPCの画面から目を離さずに「開いている」と告げた。一緒に部屋を使っているリジェネはノックなどしないし、上の兄たちは全員まだ帰ってきていないはず。ならば、きっと先ほど帰宅した末っ子だろう。


 「どうした、刹那」


 「宿題を手伝って欲しいんだが・・・・邪魔をしたか?」


 PCの電源が入っているので、てっきり作業中だと思ったのだろう。事実、今まで株価を調べていたのだが、目に入れても痛くないほど溺愛している末弟の頼みごとを断ることなどするはずがない。踵を返しかけたセツナの手からテキストを取り、ぱらぱらとめくった。


 「数学か。そういえば、そろそろ中間テストじゃなかったか?」


 「ああ、来週からなんだ」


 教科書を開いてそう答えた刹那の顔はやる気に満ちている。前回のテストの時、発売されていたガンプラに夢中で勉強をおろそかにしてしまい、厳しい長兄にガンプラ禁止令が出された事を思い出した。あの時の刹那の落ち込みようはすごかった。


 「ニールが、順位が上がったら新しいガンプラを買ってくれると約束してくれたんだ」


 「この前、リジェネが買ってくれなかったか?」


 「ニ、ニールに取り上げられてしまった・・・・」


 思い出して落ち込んだのか、刹那がべちゃ、と机に突っ伏した。ティエリアは「それは残念だったな」と慰め、参考書を開いた。自宅に引きこもっているティエリアだが、頭脳はそこいらの大学生など敵ではない。それに、彼も結構スパルタだ。


 「で、どこがわからないんだ?」


 窓から差し込んだ光で、ティエリアの眼鏡がキラリ、と光った。













 「終わった!」


 時計の長針が二回ほど回った頃、刹那は歓声をあげてテキストを閉じた。数学は刹那が最も苦手としている教科だが。ティエリアの教え方が良かったおかげで、さほど苦労することなく解けた。ティエリアもやれやれと息を吐き、頑張った弟の頭を撫でようとした時だった。


 「刹那ぁー!」


 「リ、リジェネ!?」


 突然刹那の背後の二段ベッドから飛び出してきた人影が、刹那に覆いかぶさった。よく見ればそれはティエリアの双子のリジェネだ。


 「珍しく刹那が僕らの部屋に来てると思ったら、勉強ばっかで僕の相手してくれないじゃないか。もう退屈で退屈で死にそうだよ」


 「死にそうって・・・・おおげさな」


 「刹那不足でしーにーそーうー」


 ティエリアそっくりの美貌にティエリアには滅多に浮かばない笑みを浮かべながら、リジェネはぐりぐりと刹那に頬擦りをしまくっている。うざったい光景にティエリアの額に青筋が浮かんだ。


 「刹那から離れろ、リジェネ。刹那が苦しがっているだろう」


 「えー、今いいとこなのに。邪魔しないでよ、ティエリア」


 リジェネは離れるどころか、さらに強く刹那を抱きしめる。細身とはいえ、自分より身体の大きなリジェネに抱きしめられて刹那は窒息しそうだ。負けじとティエリアまで参戦してきたのだからたまったもんじゃない。


 「ティエリアはさっきまで刹那を独占してたんだから、少しくらいは僕に譲りなよ」


 「誰が譲るか!」


 苦しい。ものすごく苦しい。刹那もさっきから退いてくれ、と訴えてはいるのだが、どうやら二人には聞こえていないらしい。いつもは気にしない兄たちの愛情がこういう時だけ嫌になる。


 刹那は渾身の力で顔を上げると、力いっぱい叫んだ。


 「苦しい!」


 「「っ!? 刹那!」」


 ようやく抱きしめられる力を弱められて、刹那は二、三回深呼吸をした。ようやく呼吸も落ち着き、最後に大きく息を吸おうと再度口を開けたときだった。


 「もーらいっ」


 「!?」


 その口を、リジェネに塞がれた。











 その頃、一階のリビングにて。


 「ねぇハレルヤ、今ティエリアの怒鳴り声が聞こえなかった?」


 「聞かなかったふりをしろ、アレルヤ。きっとリジェネがなんかしたんだろ」


 「兄さーん、長兄として止めてこいよー」


 「お前は俺に死ねって言ってるのか!?」