『初めまして、俺はロックオン・ストラトスだ』
その声を聞いた瞬間、その顔を見た瞬間、刹那の中で何かが音を立てて壊れた。
あぁ、アンタは本当に死んでしまったんだな。
「せーつなっ!」
いい年した男に後ろからがばっと抱きつかれた刹那は、とりあえず持っていたファイルで男の顔面を叩いた。どさくさにまぎれて刹那の胸へと伸びていた手が動きを止める。
「何の用だ?」
「いてて・・・刹那〜 暴力は駄目だろ、暴力は」
もう一発殴ってやろうかと刹那は本気で考えた。そんな刹那の思考が読めたのか、男は引きつった笑顔を浮かべながら身体を離した。
「もうすぐ昼食だろ? 一緒に食べようぜ」
「・・・・・遠慮しておく。まだファイルの整理が終わっていない」
体よく断って歩き出した刹那の後ろを男はめげずに追いかける。
「手伝ってやるよ。一人より二人のほうが早いだろ?」
「・・・・・いい。一人で大丈夫だ」
「刹那」
下を向いて早足で立ち去ろうとした刹那の顎を救い上げて男と向き合わせる。
「なぁ、俺が気付いてないとでも思ってたのか?」
「っ!?」
小さく息を呑んだ刹那を見て、男は目を細めた。
「お前、一回も俺の名前を呼ばないよな。俺の顔も見ないし。・・・・・いいかげん、認めろよ」
「何の話だ?」
強がりなんて言えないような、刹那の態度。くすり、と男は笑うと、刹那の柔らかな耳朶に唇を近づけた。
「刹那、もうニールはいないよ」
まるで睦言を囁くかのような、男の声。だがその唇から発せられた台詞は、睦言なんて甘いもんじゃない。
「いつまでも死んだ奴の影を見てちゃ、前には進めないだろ」
「だから、お前を見ろと?」
未だ顎を捕らえられた姿のまま、刹那は毅然とした態度で応じた。
「けっこういい提案だと思うけどな。俺たち、瓜二つだし」
「馬鹿にするな」
パシン、と手をはたかれた。少女の力では痛いと感じるほどでもなかったが、男は刹那を離した。
「お前はロックオンじゃ、ニールじゃない」
「ああ」
「俺はニール以外いらない。代用品なんて、糞食らえだ」
女性にあるまじき罵詈を吐き捨てると、刹那は身を翻して走り去っていった。
「ちぇっ。やっぱ駄目だったか」
手痛くふられたというのに、男の顔からは笑みが消えない。
一目見てすぐに分かった。彼女はまさに自分たちが好みのタイプだったし、彼女の瞳に移っていたのは、自分の片割れだったから。
「代用品ね・・・・言い得て妙じゃないか」
彼女は知らない。代わりだと知ってもなお、人はそれを欲さずにはいられないことを。
きっと彼女は、自分を欲する。
男はその日が、とても楽しみなのだ。