綺麗に整えられた台所では鍋がコトコトと小刻みに音を立て、シチューのような良い香りが鼻をくすぐる。そんな中、エプロン姿でこき使われている男が一人。
「刹那ぁー、タマネギ炒め終わったぜ」
「鍋に砂糖、ドライレモンパウダー、スープストック、先ほど焼いたブリと一緒に入れろ。細かい味の調整は俺がやる」
「まかせたぜ・・・・」
「おい、誰が休んでいいと言った? 次は大豆にオリーブオイルとスパイスをかけて炒めろ」
「げっ・・・・」
そもそものことの始まりは、ロックオンの料理の腕にあった。
刹那の潜伏先のマンションへ当然のごとくやって来たロックオンが、刹那の食生活を見てあれこれ言い始めたのだ。
食べに行くのも買いに行くのも面倒だった刹那が、だったらお前が何か作れとロックオンに言ったところ、出てきたのは得体の知れない、おそらくジャガイモであったのだろう物体(もはや過去形である)。
さすがの刹那も、そんな料理のカテゴリーに入れるか疑問な物体を食べる気はしない。
ロックオンの料理の腕を刹那がなじると、むきになったロックオンが『だったら刹那は料理上手いのか!?』と叫び、後は売り言葉に買い言葉。
結局、刹那がロックオンに料理を教える羽目になってしまった。
ロックオンにとって、主食はジャンクフードで腹が満たされてればなんでも良いの刹那がこれほどまでに料理が上手いとは思わなかった。外見はどうであれ、やはり女の子というところか。
「ロックオン、それがすんだらあれを片付けておけ」
「りょーかい・・・って、あれは俺が作ったダブリン・コドルじゃねーか!?」
「そんな名前だったのか、アレ。どこからどう見ても『ソーセージとじゃがいもを無駄にした何か』にしか見えないぞ」
「アイルランドの名物だっつーの! 確かに外見は悪いけどさ、一口くらい食べてくれたっていいんじゃねぇの?」
「だったらお前が食え。美味かったら食ってやる」
刹那の冷たい台詞にロックオンはうっ、と詰まった。
確かにロックオン自身だって、自分が作った料理でなければ『何コレ? ごみ?』と言っていただろう。だけど、もしかしかしたら奇跡的に味は良いかもしれない。
覚悟を決めて、ロックオンは一口食べた。
「・・・・・げふっ!」
吹いた。
「ある程度予想はしていたが、そこまで不味いのか。おい、水だ」
「サ、サンキュー刹那」
刹那が差し出した水を一気にあおる。なんと言うか、非常に表現しにくい味だった。
「見た目はこげてるのに中は生だった・・・すっげーしょっぱかった・・・」
「火が強すぎたんだろ。後はお前の味付けが悪かったんだな」
よろよろと「口を洗ってくる」と言いながら洗面所に行ってしまったロックオンを見送りながら、さっさとそのダブリン・コドルらしき物を捨てた。
丹念に口の中を洗って復活したロックオンが台所に戻ると、料理はほとんど完成していた。
「そーいや、刹那は何作ってんだ?」
「ガーリエ・マーヒー」
聞きなれない単語にロックオンは首をかしげた。食べた事がないというか、そもそも、焼いた魚をシチュー鍋にいれて煮込むという料理なんて見たことない。
「俺の故郷の料理だ。お前と同じだな」
「あー・・・俺は見事に失敗したからなぁ」
同じように故郷の慣れ親しんだ料理を作ったというのに、この差はなんなんだろうか。ちょっと悲しくなってくる。
「刹那ぁー、今度ダブリン・コドルのレシピ持ってくるから作ってくれねぇ?」
「自分で作れ」
おたまでゴンッとロックオンの頭を打つ刹那。ロックオンが「えー。またさっきみたいなのが出来るだけだって」とまるで子供のような残念そうな顔をすると、振り返った刹那は「だが」と続けた。
「レシピさえあれば、お前に教えるくらいは出来る」
「マジで!?」
「大体だけどな。いつかちゃんとした料理くらい作ってみせろ」
さっそうとした笑みを浮かべた刹那に、ロックオンも笑う。
「ああ。いつか刹那にも食わせてやるよ。俺の故郷の料理」
後に、その約束は守られる事となる。