目を開けるとそこは見慣れない殺風景な部屋だった。寝起きでうまく働かない頭をフル起動させ、私はようやくここがどこだが思い出した。


 宇宙輸送艦プトレマイオスの中にある私の部屋・・・・・正確には『私』の部屋ではない。ここは『刹那』の部屋だ。


 何もない、からっぽな部屋。聞くところによると、『刹那』はあまり物に執着がなかったらしい。だからと言ってもこれはひどい。本当に必要最低限の物以外、何もない。おかげで私は『刹那』がどんな人物だったのか全く分からない。


 「お腹・・・・減ったなぁ」


 確か食事は食堂でするんだった。私はベッドから降りると、用意されていた服に袖を通した。あの人たちは当然のように制服なのだと言う青いボレロを着るように薦めてくれたが、私は遠慮した。だって、私にはそれを着る資格はない。


 部屋を出て食堂へ向かう。やって来てまだ数日しか経っていないので、恥ずかしながらどこにどの部屋があるかいまいち分からない。えぇと、この角を曲がると食堂なんだっけ? それともこのまま直進?


 「あの、どうかしたんですか?」


 私が立ち止まって悩んでいると、ピンクの髪をした女性が話しかけてきた。確か、名前は・・・・


 「フェルト・グレイス・・・・さん」


 「あ、はい。そうです」


 彼女の優しい笑顔を見ていると、アニューを思い出す。私は胸の痛みを誤魔化すように、勤めて明るく彼女に話しかけた。


 「すいません、迷ってしまって・・・・食堂って、どっちでしたっけ?」


 「食堂ならこの道を真っ直ぐですよ。一緒に行きます? 私もこれから朝食なんです」


 「あ、はい。よろしくお願いします」


 ぺこり、と私は頭を下げた。グレイスさんが「そこまでしなくてもいいですよ」と困ったように笑った。彼女が前を見るまで、私は頭を下げていた。だって、


 彼女の視線は、『私』を見ていないから。














 食堂で朝食を終えると、私はグレイスさんにお礼を言って別れた。あれ以上、彼女の視線に耐えられる自信はない。


 つまりは、そういうことなのだ。


 この人たちが必要としているのは『私』ではなく『刹那』。でもどうやっても私は『刹那』にはなれない。だって、私は私だ。


 『刹那』については色々と聞いた。少年兵だった事とか、最年少でガンダムに乗っていた事とか、4年前から行方不明になっていた事とか。


 4年前。それは私がリボンスたちの屋敷で暮らし始めた頃だ。実を言うと、私の記憶はかなり曖昧だ。私が覚えているのは10歳くらいまでの記憶。そこから一気に4年前へと繋がる。11歳から16歳までの記憶はない。


 きっと、私は11歳から16歳まで『刹那』だったのだろう。あの人たちの仲間で、世界相手に戦う、CBの『刹那・F・セイエイ』。


 「私、は」


 ここで、何をしているんだろう。


 あの人たちが会いたがっているのは『刹那』であって『私』ではない。ここの物は全て『刹那』のためであって『私』のためではない。


 鬱々と考え事をしながら歩いていたせいだろう。私は角を曲がってきた人影に気付かず、盛大にぶつかって転んだ、というか宙に浮かんだ。うぅ、無重力空間にまだ慣れてないからなぁ。


 「おっと、悪いな。アンタ・・・・・って、姫さんか」


 「うぅ、ごめんなさい・・・えと、ロックオン・ストラトスさん、ですよね」


 「せーかい」


 「ハロモイル! ハロモイル!」


 ストラトスさんは空中でばたばたと手足をばたつかせている私の手を取って、ちゃんと地面に下ろしてくれた。この人は何故か私のことを『姫さん』と呼ぶ。まぁ、慣れているからいいんだけど。『刹那』と呼ばれるよりはマシだ。


 「ごめんなさい、私よそ見してて・・・・怪我なかったですか?」


 「だいじょーぶだって。姫さんこそ、俺とぶつかってどっか痛めなかったか?」


 「あ、平気です、たぶん」


 ぶつかったけど、どこも痛くない。無重力空間だからかな。私の目の前に浮かんでいたハロが「ヨウジ! ヨウジ!」と騒ぎ出した。


 「あ、急いでたんですか? すみません、手間をおかけしてしまって」


 「あ、いいって。俺の用事って、姫さんになんだから」


 「私に、ですか・・・・?」


 いったい何の用事だろう? 首を傾げる私の前で、ストラトスさんはハロからデータを引き出した。それはたくさんの画像データだった。


 「これ、姫さんだろ」


 「え・・・・」


 見せられた画像データ。どうやら集合写真のようだ。日付を見ると4年前。なぜか全く顔が変わっていないアーデさんや、片目を隠しているハプティズさん、今よりも若いノリエガさんやグレイスさんにまじって、彼女はいた。


 短い黒髪。感情が感じられない鋭利な赤褐色の瞳。褐色の肌。ひときわ目立つ小柄な姿。他の皆がニッコリ笑っている(あ、でもアーデさんは笑ってない)中、1人だけ無愛想にたたずんでいるその少女は。


 「・・・・私?」


 違う。きっと彼女が『刹那』なのだ。


 「ハロのデータを整理してたら見つけてさ。この真ん中のちっこいのが刹那・F・セイエイだな、きっと」


 「え、ストラトスさんも会ってるんでしょう? ちゃんとここに写ってますし」


 「残念。それは俺の双子の兄貴なんだ。俺はその刹那・F・セイエイとは面識ないよ」


 ああ、だからか。だからストラトスさんはミレイナさんと同じように、ちゃんと『私』を見てくれるんだ。


 私はじぃっと彼女を見つめた。ねぇ、皆あなたを待っているんだよ。『私』じゃ駄目なんだよ。だから、ねぇ、お願いだから。


 はやく皆の前に出てきてあげてよ。





 




 








 お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。