約束を、しただろう。くしゃくしゃに顔をゆがめたルークの唇から漏れた言葉に、ガイはびきりと硬直した。忘れていたわけではない。ただ、約束の内容とそれをルークが覚えていた事に硬直したのだ。


 「・・・・忘れたのかよ」


 「覚えて、いるさ」


 宿屋の質素なベッドに腰掛けながら唇を尖らせるルークに、ガイはその言葉を搾り出した。現在進行形で性格が歪んでいる某死霊使いがこの場にいないことをガイは心の底から神に感謝した。


 いつだったかは覚えていない。確か、あの頃のルークはようやく喋れるようになった言葉で教えた覚えのない悪態をつきながら必死で歩く練習をしていた。


 よろよろと2,3歩進んだかと思ったら、ステンとすっ転ぶ。そんなことをもうずっと繰り返していた。


 『ルーク、ほら、こっちだ』


 自分はルークの少し前でしゃがみながら両手を広げて待っているだけだった。何時間かかってもいいからルークが自力でたどりつくまで、ずっとそうしているつもりだった。


 『ガイ、もうむり!』


 『無理じゃないって。あと少しだろ』


 あの時、自分とルークとの距離はたかが数メートルだったはずだ。それでもなんども転んで痛い思いをしたのが相当こたえたのか、ルークはその場に座り込んでぐずりはじめた。


 『ガイ、もうやめよう。つらいし、しんどいし、もういやだ』


 辛い、しんどい、と自分で言えるうちはまだまだ余裕があるうちなのだと、この子供は知らない。ガイは愛憎が入り混じった本心を隠しなら『だったら』と約束を口にした。


 『ルークが本当に駄目だと思ったら、俺が全部終わらせてあげるから』


 幼子はいつの間にか泣き止んで、宝石のような翡翠の瞳でこちらを見上げている。約束の意味なんて半分も理解できていないだろう。それでいい、とガイは思った。彼は何も知らなくてもいい、なにもわからなくていい。


 『苦しみも悲しみも怒りも喜びも憎しみも楽しみも、ルークの全てを俺が終わらせてあげる』


 ふらふらと立ち上がり、一歩を踏み出す。すぐにバランスをくずして転びそうになったが、なんとかもちこたえてさらに一歩を踏み出す。


 『だからそれまでは、頑張れるだろう?』


 言い切るのと同時に、ガイの腕の中にルークが飛び込んだ。というか、すっ転んだ。


 『ほら、できたじゃないか』


 ルークは自分が歩けた事が信じられないらしく、大きな瞳を瞬かせてガイの服のすそをぎゅっとつかんだ。


 思えば、ルークがガイの前で泣き言を言った、あれが最後の日だった。


 「・・・・そんなことも、あったっけ」


 「最後にはガイが何とかしてくれるって、そう約束してくれたから俺はがんばったのに」


 忘れてるなんて。ルークは恨みがましい目つきでじろりとガイを睨んだ。どうやら弁解を聞く気はないようだ。


 「・・・・・終わらせて欲しいのか?」


 ガイは手を伸ばしてルークの頬に触れた。手に触れる夕焼けの色の髪は知らない間に短くなっていて、いまだ慣れないせいかどこか別人のような錯覚を覚える。


 「ルークの全てを、今ここで、終わらせて欲しいのか?」


 その約束の、本当の意味を目の前にいる子供は知らない。それを理解していながらも教えない自分はどこまでも性根が腐った大人なのだと、今更ながらに痛感した。


 「今じゃなくていいけどさ」


 いつか、とルークは言った。


 「俺が終わらせられそうになかったら、ガイの手で、全てを終わらせてくれ」


 それはヴァンの陰謀の事なのか、アッシュとの決裂のことなのか、両親との不和のことなのか。ルークは語らなかった。その全てを、ガイにゆだねていた。


 その信頼の重さに眩暈がしそうだ。心の底からわきあがる感傷を押しこらえて、ガイはその場にひざまづいた。


 「肯(イエス)、ご主人。あなたがそう、望むなら」


 例えそれが、ルークの死を伴う約束であったとしても。





 もうどうしようもなくなったらしてあげるから


 (行けるところまで頑張ってごらん)











 お題はユグドラシルさんよりお借りしました。