伝えたい、伝えたくない。言ってしまったら、全てが壊れる気がしたから。


 壊すくらいだったら、矛盾を抱えたままでいい。


 胸の痛みを我慢しているままでいい。














 俺が飲み物を買って屋上に戻ってくると、そこで昼食を食べていたはずの刹那はすやすやと寝息を立てていた。腹が膨れたら寝るって、お前は動物か。


 「刹那ぁー?」


 試しに呼んでみるが、起きる気配は全くない。・・・・年頃の女の子が男の前で寝るってどうかと思う。現に俺は、制服のスカートから伸びたすらりとした脚に目が釘付けだ。男って悲しい。


 寝ている相手にこれは駄目だろ、と俺は精神力の全てを使って視線を上げた。が、後悔。上げなきゃ良かった。脚で我慢してりゃ良かった。


 だって、俺の視線の先には、刹那の無防備な寝顔がある。ふっくらと赤く熟れた唇から、健やかな寝息が漏れている。


 キス、したいな。


 俺はそっと刹那の唇に指を滑らせた。そこは想像以上に柔らかくて暖かい。吐息が指をかすめていくその感触に、背筋がゾクリとした。思わずその先へ進みかけた自分を必死に制する。


 「っ、駄目だろ、俺」


 寝ている相手に何やっているんだろう。でも刹那が起きている時には絶対に出来ない。出来るわけがない。やってしまったら、何もかも壊れてしまうだろうから。


 友達以上恋人未満な生温い関係を今まで続けてこられたのも、俺がこの気持ちを誰にも言わなかったからだ。痛む胸を押し隠して、刹那と接してきたからだ。


 この関係を壊すくらいなら、痛みに耐え続けているままでいい。


 そう思う俺は臆病者なのだろう。だけどそう思うくらい、今の関係が大切で心地良いんだ。


 「ごめんな、刹那」


 卑怯者でごめん。本音が言えなくてごめん。隠し事ばっかでごめん。


 好きになって、ごめん。


 「本当にな、このヘタレ」


 「っ!?」


 ぱちり、と刹那が目を開けたかと思った瞬間、強い力で引っ張られた。ぼやけるくらい近くにある刹那の顔。唇に触れる暖かな感触。


 「・・・・へ?」


 「俺が寝ている隙にこれくらいのことやってみろ、馬鹿」


 状況が理解できていない俺を刹那は睨みつける。瞳は鋭くて怖いが、顔が真っ赤なので効果は半減どころかめちゃくちゃ可愛い。あーここでぎゅって抱きしめたらかっこいいんだろうけど、無理。頭が状況に追いつかない。


 その日、俺は出来たばかりの恋人にヘタレの烙印を押された。