ため息が一つ、空中に散った。ライルはずるずると机に突っ伏すと、聞いているだけで気分が暗くなってきそうなため息を再び吐き出した。やってくるなりため息をついてばかりいるライルに、アニューはどうしたものかと近寄ってみた。
「どうしたんですか、そんな人生が終わったような顔をして」
「・・・・アニューか。あはは・・・もう俺の人生は終わったようなもんだぜ・・」
あははははと乾いた笑い声を漏らすライルにアニューは一歩後退した。顔は笑っているくせに、目は死んでいる。これは重症だ。
「はいはい、話を聞くくらいはしてあげますから。あなたがそんな様子じゃあ、トレミーの士気に関わりますし」
「アニュゥゥゥゥゥゥ」
三十路近い男がみっともない、と思いながらもアニューは話を聞いてあげることにした。どうせ、彼がこんなに落ち込む原因など一つしかないのだ。
「最近、刹那が俺を避けているような気がするんだ」
「・・・・そりゃ、まあ」
所構わずあれだけスキンシップ(という名のセクハラ)をすれば、誰であろうと避ける。特に刹那は西洋出身のライルとは違って、そういったスキンシップには慣れていないのだから。
「女性にあんなセクハラして、今まで避けられなかったのが奇跡ですね」
「や、でも刹那本気で嫌そうな顔はしなかったし・・・」
「刹那は普段から感情を表に出さないじゃないですか」
「・・・・・」
べちゃ、とライルが机と顔面キスしているのを横目に、アニューは自分で淹れた紅茶をすすった。・・・・・意地悪をするのもここまでにしてあげよう。さすがにそろそろ本気で見苦しい。
「いいことを教えてあげましょうか」
ぐずぐずと落ち込んでいるライルに聞こえるよう、だけど彼以外には聞こえないように。そう、例えば今扉の外にいる彼女とかには、絶対。
「異性を意識し始めた女性は、その人を避ける傾向があるんですよ」
「は、マジで?」
がばり、とライルが勢いよく顔を上げたせいで、ライルとアニューの距離がぐっと縮まった。もういいかな、とアニューはライルの背後、扉のほうを指差した。
そこには、呆然とこちらを見つめる刹那が立っていた。
「っ! 失礼!」
「あ、ちょ、刹那!」
踵を返し、あっという間に刹那は立ち去ってしまった。突然の出来事に硬直して動けないライルの頭をアニューはパチンと叩き、刹那が立ち去った方を指差して一言。
「追いかけなさい」
言われてようやく気付いたのか、血相を変えて追いかけていったライルに、アニューはやれやれとため息を零した。
ライルが全力を出して追いかけたせいか、思ったよりも早く刹那に追いつく事が出来た。そもそも、女性と男性では速さにだって差があるのだ。
「刹那!」
「俺に触れるな!」
伸ばした手は鋭い言葉と共に振り払われた。負けるものか、とライルは両手で刹那の両手首をつかみ、逃さないように捕らえる。
「刹那、俺の話を」
「うるさい! 離せ! もう俺に近づくな!」
駄々をこねる子供のように、刹那は激しく抵抗をする。その赤褐色の瞳からぼろぼろと涙が零れた。
「もう嫌なんだ、お前に振り回されるのは! べたべた俺に構ってきたくせに、アニュー・リターナと仲良くして」
「や、だからあれは」
「なんで俺がぐだぐだと悩まないとならないんだ! なんでいつもお前の事ばかり浮かんで、わけがわからない・・・」
「刹那」
刹那が叫びまくった台詞。ライルを拒絶するそれらに交ざって、聞き逃してしまいそうな、だけど聞き逃してはいけない言葉が、確かにライルの耳に届いた。
「俺のことで悩んだって、ほんと?」
びくり、と震えた刹那の身体を壁に押し付け、その上から覆いかぶさるように刹那を見下ろした。耳朶に囁いたそれに、答えはなかったけれど。
「俺に振り回されたって、ほんと? 俺のことばっか浮かんできたってほんと?」
答えて、と囁いても、刹那は顔を真っ赤にしたまま、何も言ってくれない。
「刹那、こっち見て」
「いや、だ」
「刹那」
いやいやと首を振る刹那の顎を捉えて、無理矢理目線を合わせた。
「ライ、ル」
「好きだよ、刹那」
そのまま刹那の唇と自分のそれを重ねた。
覚悟した拳は飛んでこなくて。ライルは怖々と唇を離すと、刹那は真っ赤になったままずるずるとその場にへたり込んでしまった。
「え、なにその可愛い反応」
「お前が!」
真っ赤な顔で睨まれても、怖くない。むしろ、愛しさが募る。くすくすとライルは笑うと、へたり込んだ刹那を抱きしめた。
「刹那、好きだよ。刹那は俺のこと」
好き? と。睦言を囁くかのように刹那の耳朶にそっと唇を寄せて。ライルは答えなんて分かりきっている問いかけを一つ、投げかけた。
その唇から漏れる返答
春桜様より、『ライ刹ですれ違う二人』でした。
思いっきり初々しい恋模様にしてみました。アニューをちょっぴり黒くしてみましたが・・・・お気に召さなかったらすみません。
とても楽しかったです。素敵なネタ、ありがとうございました。