アロウズに配属されて数年、上からの命令でとある屋敷に向かわされた。ろくに説明もされずに行け、と言われただけなので、そこがどんな人物の屋敷なのかさっぱり分からない。私みたいな下っ端がお偉いさんたちに会うわけではなく、私は単に上司の付き添いらしい。一緒にいるスミルノフ少尉もまた同じく。
「准尉、あまり出歩かないほうがいい」
「分かっています」
上司はどこかへ行き(おそらくこの屋敷にいるお偉いさんに会いにいったのだろう)、私たちはとても暇になった。私はスミルノフ少尉の忠告を聞き流しながら、ふらふらとガラス張りの壁の向こうを眺める。
どうやらそこは庭らしい、鮮やかな草木に囲まれた場所だった。懐かしい。これほど立派ではないが、私の家にも庭園があった。もう、何年も見てはいないが。
「・・・・・・え」
私は自分の目を疑った。思わずガラス張りの扉を開けて庭へと足を踏み入れていた。後ろでスミルノフ少尉の焦った声が聞こえたが、止まっている場合ではない。
だって、そこで花を摘んでいたのは。
「刹那・F・セイエイ!?」
わたしの叫び声に花を摘んでいた女性が驚いたように顔を上げる。髪が伸びて雰囲気が変わっていたけれど、やっぱりそれは刹那・F・セイエイだった。
「なぜあなたがこんなところにいるの? 仕事で日本にいるんじゃなかったの? ていうか、なにその格好?」
昔会った時は髪も短くて男の子みたいな格好をしていたくせに、今の彼女は真っ白いワンピースみたいなのを着ている。普通に女の子だ。昔からこういう格好をしていれば、私だって男の子に間違えなかっただろうに。
「ねぇ・・・・・あなた、沙慈について何か知らない? まだあのマンションに住んでいたら、だけど」
「あの、すみません・・・・」
おずおずと、彼女が私の言葉を遮った。私はその声にとても驚いた。昔の彼女の口調とは、似ても似つかない声だったから。
「えと、どなたですか?」
少し私はショックを受けた。だけどもう四年も前のことなのだ。私だって変わった。分からなくても仕方ないかもしれない。
「あ、覚えてない? 私よ。ルイス・ハレヴィよ。あなたの隣に住んでいた沙慈・クロスロードと一緒にいた」
「ごめんなさい。分からないです。あと私、刹那・・・じゃ、ないです」
「・・・え?」
今、彼女はなんと言った?
「え、だってあなた、刹那・F・セイエイでしょ? 日本に住んでいた」
「私、日本なんて行ったことありません・・・・・え、あ、ごめんなさい」
私の表情を見たからだろう、刹那じゃないらしい(信じられないが)女性がペコリ、と頭を下げた。私は呆然と彼女を見つめた。だって、綺麗に整えられているがあっちこっち跳ねた黒髪も、日本では人目を引いた褐色の肌も、珍しい赤褐色の瞳も、全て私の記憶にある刹那・F・セイエイそのものなのに。
なのに彼女は、刹那・F・セイエイではないという。
では、彼女は誰?
驚くほど刹那・F・セイエイにそっくりで、でも口調や性格が全然違う、彼女は誰?
「誰ですか」
私が一人考え込んでいると、鋭い声がした。すっかり忘れていたけれど、今の私は勝手に他人の庭にずかずかと入り込んだ、とても失礼な人なのだ。現れた薄紫色の髪をした女性は私を睨みつけた。
「あなた、アロウズの軍人さんですね。ここはプライベートな庭園です」
「申し訳ありません」
こうなったらひたすら謝るしかない。へたしたらクビになるかもしれないけど。
「待って、アニュー。彼女は私が呼んだの。女の人、珍しいから」
「姫様が?」
姫様? 彼女が? 私はよく分からないけど、どうやら彼女がかばってくれているらしい事だけは分かった。
「だからハレヴィさんを叱らないで上げて。悪いのは私だから」
「姫様がそうおっしゃられるのでしたら・・・・」
アニューと呼ばれた女性は渋々といった風に引き下がった。なんだか知らないが、私は助かったようだ。刹那のそっくりさんはずいぶんと偉い人らしい。
「姫様、今日は客人が来るのでお部屋にいてくださいとあれほど」
「ごめんなさい。アネモネが綺麗に咲いていたから、ヒリングに持って行ってあげようと思って」
「そうですか。ですがもう戻りませんと。そろそろリボンズも帰ってきますよ」
「はーい」
アニューさんに手を引かれて、彼女は歩き出した。私は呆然と、その後姿を見つめた。すると彼女がこっそり振り返って、私に手を振った。
声は聞けなかったけれど、彼女は確かに「またね」と言っていた。
「准尉、どこだ!?」
スミルノフ少尉が探しに来るまで、私はその場に立ち尽くしていた。まるで夢を見ていたかのような、信じられない出来事だったと思う。
刹那とそっくりな、刹那ではない女性。
そんな彼女を、姫様と呼ぶ女性。
彼女たちは一体何者なのか。いくら考えても私には全く分からなかった。
アネモネの鮮やかな花びらが、風に吹かれて私の前を舞っていった。
変革に飛び込んでみたら
(もしかしたら私は) (とんでもない場所へ、やってきたのかもしれない)
お題はイデアさんよりお借りしました。