生理中の女の子はホルモンバランス等の影響で匂いが変わる。が、そんなのはどうでもいい事だと折原臨也は思っていた。


 女性にその時期が来た事は行動を見ていればなんとなく判るし、それで臨也が気にすべきなのは相手の感情の波が多少起伏の激しいものになっているという事、それによって普段よりも扱い方に注意しなくてはならない事。これくらいなのだから。


 匂いなんてどうでもいい。キツい香水や化粧品で紛れる場合もあるし、そもそも臨也は彼女達の行動や感情に興味があるのであって、異性を誘う効果も持つという体臭などはその範疇外だった。


 (でもこの子の匂いはいつだって、俺を)


 背後から抱きしめていた小さな身体がぴくりと震える。


 化粧っ気のない少女の首筋に鼻を押しつけて臨也は吐息だけで笑った。


 「や、……ちょ、いざやさん!」


 「なあに、帝人君。暴れるとちゃんと抱きしめられないよ。ほら、俺の手があったかいって言ってお腹に当てたのは帝人君だろう?」


 「だからって首はやめてくださいよ首はっ! なんかゾワーってします! ゾワーって!」


 「ヘンな気分になる?」


 「くすぐったいだけです!」


 きっぱりと切って捨てる帝人の物言い。ソファに座る臨也はこれまで扱ってきた女達の誰に対してよりも優しく片腕で帝人を抱きしめ直すと、もう片方の手を少女の下腹部に添えたまま「ごめんねー」と軽く謝罪した。


 密着する面積は多いし触れている所も色々と“アレ”だが、臨也の動作に性的なものは殆ど含まれていない。


 (生理中に手を出したら帝人君に嫌われちゃうからね)


 だからわざと帝人がそう感じないよう振る舞っている。


 でもこれくらいなら良いだろうと臨也は眼前の黒髪にそっと掠めるだけの口付けを送った。


 鼻腔に届く帝人の匂い。シャンプーの香りもあるだろうが、臨也には判る。


 これを本人に告げると帝人は大層嫌そうな顔をすると思われるが、臨也にとって彼女の月経周期を調べるのは難しい事ではない。先述したように行動を見ればなんとなく判るし、それ以前に臨也は帝人がいつどこへ行ったかだとか昨日の夜は何を食べただとか、はたまた高校生である彼女の明日の授業は何と何であるか、二限目の英語には生徒に内緒で単語の抜き打ちテストがあるだとか、そういう事まで調べ尽くしている。なので女性のそれが前回は何月何日に来たのかすら臨也の頭の中に入っているのだ。


 (わお、俺ってば変態)


 心の声が帝人に聞こえたら「自覚があるなら治してください」と即行で言い返されそうである。でも帝人君限定なんだよー、と頭の中の彼女に弁解して、臨也は安心してこちらに身を預ける少女の重みに目を細めた。


 (でもさ、もし俺が君の行動を全く調べなくたって、君が『ちょっとお腹が痛いんですよ』って言わなくたって、君の身体の調子くらいちゃんと判るからね?)


 少女を抱きしめる権利を得ている臨也だからこそ。


 薄く、薄く、鼻腔に届く帝人の匂い。近付いても抱きしめても首筋に顔を埋めても髪にキスをしても、根本的なところで嫌がられない臨也だからこそそういった匂いの変化まで判る。


 (他の女なんてどうでもいいけど、帝人君の匂いは好き。俺は帝人君が好き。人間は“愛してる”けど、俺が気にかけて大切にしたくて時々酷くしたくなるのは帝人君だけだよ)


 「臨也さん?」


 「んー?」


 後ろを振り返らないまま帝人が名を呼んだので臨也は間延びした声で答えた。まさか誰もこれが新宿を根城にするやり手の情報屋だとは思うまい。それぐらい緩みきった返事だった。


 「さっき何か言いました?」


 「いや? あ、でも心の中で帝人君かわいいすきすきーって言ってたかな」


 「病院に行きましょう。眼科か精神科もしくは神経外科あたりで」


 「こんな時でも容赦ないね、君」


 臨也は苦笑混じりに呟く。


 「女の子週間が終わったらえっちぃコトしちゃうからねー」


 「女の子週間とか言うな。ってか判るんですか」


 「お腹が痛いって言った時点でアウト。じゃなきゃこのまま襲ってる」


 「未成年淫行」


 「本気だから良いんだよ。……なんなら証拠として指輪でも贈ろうか? 給料三ヶ月分のやつ」


 耳元でそう囁けば、細い肩がぴくりと揺れて皮膚が首筋から赤く染まった。けれど帝人の変化はそれだけで、当然のように覚悟していた「馬鹿じゃないですか」といった辛辣な言葉は返ってこない。


 「あの、帝人君……?」


 「……なんですか」


 (なんだこれ俺ちょっとドキドキしてきた)


 冗談半分、でも半分は本気。だからこそ帝人の反応に期待してしまう。


 「あのさ、帝人君」


 顔のすぐ近くには黒髪の間から見え隠れする赤い耳。


 意を決し、“無敵で素敵な情報者”には思えない恐る恐るといった風情で、臨也は抱きしめたままの帝人に告げた。


 「来週の日曜、一度ちゃんとした宝飾店に行ってみない?」

















クォーター・クォーターの華糸タスク様より帝人生誕企画としてリクエストさせていただきました。臨也さんの給料三か月分じゃものすごい指輪になりそうですよね! 微妙に変態なウザヤさんとツンな帝人にはぁはぁします! 


 タスク様、本当にありがとうございました。