『爆走メリーゴーランド』 ニル刹
あれ、乗らないか? と恋人が指差した先に会ったのは、ゆったりと回るキラキラ輝くドーム状のアトラクション。
「メリーゴーランド? や、別にいいけど。刹那が乗りたがるだなんて意外だな」
「今すぐ乗れそうなの、あれくらいだろ」
俺の手を引いて刹那は乗り場へと向かった。刹那の言うとおり、ほとんど待つことなく乗れた。閉園間近のテーマパークで最後に乗るに少し物足りない気がする。
「白馬ばっかりだな」
「刹那、知ってたか? メリーゴーランドって白馬しかないんだぜ」
俺がなけなしの豆知識を披露すると、刹那は目を丸くした。なぜ、と返す刹那に俺は記憶を掘り起こす。
「えーと、確か子供が白馬ばっか乗りたがるから、全部白馬にしちまったらしいぜ」
「へぇ、博識だな、ニール」
たまたまテレビで言っていたのを見ただけだから、博識と言ってもいいのだろうか。それでも恋人からの賛辞を俺は甘んじて受け取った。
俺たち以外に乗客の姿は見えない。俺がどの馬にしようか悩んでいると、刹那が俺の手を引いて一匹の馬の傍まで移動した。これに乗れということだろうか。
刹那の意を汲み取って俺がそれに乗っても、刹那はその場から動かない。
「刹那?」
「お姫様は」
うつむいてぼそり、と囁いた刹那の両耳は真っ赤だった。
「王子様と乗るものだろう?」
あぁ、だから彼女はこれに乗りたがったのか。
俺は一旦馬から降りると、真っ赤になっている刹那を抱き上げて馬に乗った。二人だと少し危なっかしいけれど、仕方がない。
「これでよろしいですか、お姫様」
刹那が頷いたとたん、スタートのブザーが鳴り響いた。
爆走メリーゴーランド
(まわれまわれ、お姫様のおおせのままに!)
お題はララドールさんよりお借りしました。
『雨は止んだらしい』 アレ刹
せつな、と呼んだ声はかすれて聞こえた。突然やって来た僕を刹那は驚いた顔で僕を見つめると、すぐにおいで、と両手を広げた。僕はそれに甘えた。
腕の中で泣く僕の頭を刹那はまるで子供にするみたいに撫でた。僕は座り込んでいる刹那の腕の中で、柔らかい身体に身を寄せた。
(よしよし、なんて、本当に子ども扱いだ)
あぁ、いっそのこと本当に子供になってしまえば、ずっと彼女に触れられる事が出来るのかもしれない。
「落ち着いたか?」
しばらくすると、僕の背中を撫でながら刹那がそう尋ねてきた。僕は声を出さないで頷いた。情けないかすれた声なんて、彼女に聞かせたくない。
「何があったかは訊かないが」
黙って受け入れてくれるのが、彼女の優しさで。
「泣きたくなったら、いつでも来るといい」
それに依存してしまうのが、僕の弱さで。
せつな、と僕は意味もなく彼女を呼んだ。繰り返し、何度も何度も。刹那は何度もそれに答えてくれる。意味がないと、知っているのに。
僕の頬を濡らしていた涙は、いつのまにか消えていた。
雨は止んだらしい
お題はAコースさんよりお借りしました。
『*キスのひとつもしなかったけれど』 ライ刹♀
キスをしようか、と。
あの男はいつも戯れにそんな言葉を口にした。俺はいつもキスの代わりに拳を一つ、あの男の顔面にくれていた。それでも憎らしいくらいあの男は笑っていたから、きっと俺とのキスなんて、それくらいの価値しかなかったのだろう。
恋人だったのか、という質問には答えられない。
たしかにキスの一つくらいしてもいい間柄だったけれど、俺たちはキスなんてしたこともなければ、寝室を共にする事もなかった。それでも俺たちの間にはどこか甘い雰囲気があって、周りの人間はさぞ混乱しただろう。
好きだ、なんて言えるわけがない。
だってあの男の家族を殺したのは俺で、あの男をテロリストに仕立て上げてしまったのも俺なのだから。あの男もそれを許せるほど心の広い男ではなく、俺も許されたいと願うほど自分の罪が軽いとは思っていなかった。
だから。
俺たちはキスもしなければ、甘い言葉一つさえ囁いた事はない。恋人という定義にはとうてい当てはまらないだろう。
「だけどな、ライル・ディランディ」
兄と同じように、宇宙に散っていったあの男へ。
「いつか言おうと思っていたんだ。いつか、全部終わったら」
ちゃんと決めていたのに。それなのに。
この世界のどこにも、あの男はいないんだ。
キスのひとつもしなかったけれど
(ちゃんと愛していたんだよ、大切で大切で、泣きたかったんだよ)
お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。
『*眠り姫はあいにく二日酔い』 ライ刹♀
俺は目の前の光景をもう一度しっかり確認すると、再び目を閉じた。うん、きっと夢だろう。というか、夢であってほしい。
だって、
刹那がタンクトップ一枚という姿で俺のベッドに寝ているだなんて、夢でなければありえない。
「なんで・・・」
堂々と俺のベッドを占領して刹那は眠りこけている。俺は床で寝ていたらしい。身体中が痛い。つか、なんで部屋の持ち主である俺が床で、刹那がベッドで寝てるんだ? 俺は痛む頭をフル活動させて、昨日の記憶を掘り出した。
確か昨日は・・・・そうだ、宴会があったんだ。刹那が成人したお祝いよー! とか言って、どこにあったんだというくらい大量の酒が出てきて、成人した皆で飲みまくって。
・・・・・最終的には皆べろんべろんに酔っ払ってたなぁ。アレルヤなんかは早々にぶっ倒れてたし、教官殿は一杯飲んですぐに逃げ出してたし。きっと刹那も酔っ払って部屋を間違えたんだろ、うん。
「うぉーい、刹那ぁ・・・・」
声を出しただけで頭の奥が痛む。完璧に二日酔いだ。今日は皆使い物にならないだろうな。俺はぐっすり眠っている刹那の頬をぺちぺち叩いた。
「・・・ぅん?」
ごろり、と寝返りをうっただけで、刹那は起きようとしない。あーもう、呑気に熟睡しやがって。
「おーきーろー! こら、いつまで寝てんだよ!」
なるべく刹那の身体を見ないように(タンクトップだから胸元とかがばっちり見える。何の拷問だ、これは)俺は刹那を起こそうと奮闘した。しばらくすると、その努力が実ったのか刹那がゆっくりと瞼を開けた。
「・・う」
「起きたか、お姫さま?」
人間1人起こすだけですごい体力を消耗した。刹那はまだ寝ぼけているらしく、目がぼんやりしている。
「らい・・る」
舌足らずな声で、刹那が俺を呼んだ。その声があまりにもいつもの刹那の雰囲気と違っていて、不覚にも俺の胸がどきっと高鳴った。
そんな俺の動揺に気付かず、のそりと起き上がった刹那がなぜか俺に抱きついてきた。は? え? なんだ、これ? 何が起きてるんだ?
「せ、刹那・・・・」
「らいる・・・」
男みたいな格好しているくせに、その身体はやわらかくて女性らしい。かすかに甘い香りもするし・・・・つか、胸当たってる!
刹那の潤んだ瞳がじぃと俺を見つめてくる。すぐ近くにある赤く熟れた唇に吸い付きたいという欲望が胸の中に湧き上がってきて、俺はそれを押し込めるのに必死だ。
「らい、る」
「刹那・・・・」
「気持ち悪い・・・・」
「・・・・・は?」
呆然とする俺を華麗に無視して、刹那は口元を押さえてうつむいた。待て! まさかここで吐くつもりじゃないだろうな!?
俺は急いで刹那を抱き上げると、猛ダッシュでトイレへと向かった。あぁ、さっきまでの甘い雰囲気はどこにいったんだ!?
眠り姫はあいにく二日酔い
(お前、もう絶対に酒なんか飲むな!)
お題はララドールさんよりお借りしました。
『幸せになってください』 ニル刹♀←ライ
高らかに鳴る鐘の音は、きっとあの二人を祝福しているのだろう。俺は白亜の教会を見上げながら、そんなことを思った。
「ライル兄ぃー、行かないのー?」
「わりぃ、エイミー。タバコ吸い終わるまで、ここにいるわ」
「もう、こんな日ぐらいタバコなんてやめなよー」
エイミーが唇を尖らせる。けれどその顔は嬉しそうに笑っている。新しい家族が出来る事が嬉しいのだろう。
苦い味しかしないタバコをぐしゃりとつぶしたところで、きゃぁぁと歓声が聞こえた。見れば紅いバージンロードの上を、おそろいの衣装に身を包んだ二人が歩いていた。
いつも無表情をつらぬいている彼女の顔は、珍しい事に微かな喜色の色に染まっていた。純白のウェディングドレスが眩しくて、俺は目をそらした。すると目に入ってくるのは、彼女の隣で微笑んでいる、俺と同じ顔をした男。
招待客たちから祝福を受ける二人は、幸せそうに見えた。
(それで、いい)
幸せになってくれればいい。幸せになって欲しい。
(俺は、彼女を幸せにできないから)
胸の痛みを誤魔化すように、俺はひたすら祈った。こんなときにだけ神に祈るだなんて、なんて不謹慎だろうか。罰でも当たるかもしれない。
(当たるなら、当てればいい)
それで彼女が幸せになれるのなら、どんな罰でも耐えられる。
からっぽになったタバコの箱を握りつぶして、俺は騒ぐ群集の方へと向かった。
幸せになってください
(俺にはもう、祈る事しか出来ないから)
お題はAコースさんよりお借りしました。