『*美しいひとは振り返らない』 ニル刹前提ライ刹











 「刹那」


 「なんだ?」


 熱心に書類整理をするその背中に、俺はなんとなく声をかけた。刹那は返事をするものの、書類から目を離さない。


 「せーつーなー」


 「・・・・うっとうしい」


 背後から抱きついても、辛辣な言葉を投げかけられるだけで拒まれない。だって俺は兄さんそっくりだから。だから刹那は俺を拒まない。だけど。


 「んー、刹那は良い匂いがするなー」


 「いい加減にしないと殴るぞ。仕事の邪魔をするな」


 「してないぜー。抱きしめてるだけ」


 「それを邪魔だといっているんだ」


 刹那は俺を拒まない。だって俺と兄さんはそっくりだから。刹那は兄さんを愛しているから。


 だから。


 刹那は俺を見ない。今だって、振り返って俺の顔を見ようとしない。だって俺は兄さんじゃないから。


  刹那が愛しているのは『ニール・ディランディ』であったロックオン・ストラトスで、俺ではないから。『ライル・ディランディ』であるロックオン・ストラトスではないから。だから。




その瞳に、俺が映る日は絶対に来ない。










 




 (だって、俺を見てしまったら)


 (兄さんと重ねてしまうから)














お題はララドールさんよりお借りしました。























 『*窒息するくらいキスをしましょう』 ライ刹♀











 ちゅっ、と軽い音を立てて離れていった唇をライルは名残惜しげに見つめた。無意識のうちに、いまだ感触が残る頬を撫でる。


 「一回だけ?」


 唇を尖らせると、彼女は仕方ないな、といった風に微笑むんで今度は額に唇を落とした。続いて瞼、華、そして頬。


 軽いキスの嵐に酔いしれながら、ライルは瞳を閉じてその嵐を堪能した。彼女からキスしてくれるなんて滅多にない事だと分かっているけれど、触れるだけのお子様みたいなキスだけではやはり物足りなくて。


 優しいキスを繰り返す彼女の手首を掴んで自分の胸へと抱き寄せる。突然の出来事に驚いている彼女にいたずらっぽく笑いかけて。


 「刹那、愛してる」


 薄紅色の柔らかな唇に、深く深く喰らいついた。








 窒息するくらいキスをしましょう


 (そうして僕に溺れておくれ!)














 お題はAコースさんよりお借りしました。























 『*一瞬だけでいい 君の心をくれないか』 ニル刹♀←ティエ











 呟かれたその名前が、とても不愉快だと思ったのはこれが初めてだった。





 煌く無数の星が見渡せる展望室に彼女はいた。自室にいない彼女を探すのはかなり簡単だ。姿が見えないときは必ずここにいるのだから。


 星でも眺めているのかと近寄ると、どうやらガラスに額を当て瞳を閉じている。彼女は星なんか見ていない。全く違うものを見ている。


 「ニール・・・・・」


 心臓が握りつぶされたような痛みが胸に走った。


 ああ、確かにここなら彼が見えるかもしれないだろう。無残にも宇宙に散って、遺体すら見つからなかった彼が。


 「刹那」


 「・・・・ティエリア」


 びくり、と顔を上げた彼女は僕と、僕が握っている端末を見てかすかに微笑んだ。次のミッションについての連絡か何かだと思ったのだろう。実際、間違ってはいない。けれど、今はそんな事どうだっていい。


 「すまない、少しぼぅっとしていた」


 「ロックオンのことを考えていたからか?」


 彼女は硬直した。大股で歩み寄って、こわばった表情のまま動かない彼女との間を詰める。気付けば会話するのには少し近すぎる距離まで来ていた。息遣いまで聞こえてきそうだ。


 「・・・・ティエリア・・?」


 「刹那」


  苦しそうな顔で彼女が僕を見つめる。傷に触れられて、痛みに耐えている顔で。あの男への、愛情が溢れる顔で。


 「・・・・ずっと欲しかったんだ」


 「え?」


 その答えを言う代わりに、彼女の唇を奪い取った。








 一瞬だけでいい 君の心をくれないか














 お題はAコースさんよりお借りしました。















 『この4文字を飲み下せ』 ニル刹♀←ライ








 何もかも押し殺して生きている俺は、いつになったら楽になれるんですか







 息を整えて、こんこん、と扉をノックした。ぱたぱたと走り回る音が聞こえてくる。たぶんあの人は食事の準備でもしていたんだろう。慌てて走ってきて、転ばなきゃいいけど。


 「ライル、久しぶりだな」


 「こんばんは。兄さん、もう帰ってきてる?」


 「いや、今日はまだだ」


 「そっか。兄さんに今日こっち寄るって連絡したんだけどな」


 「すまない。とりあえず上がれ。玄関は寒いだろ」


 兄さんがいないなんて予想外だったけど、俺はお言葉に甘えて家に入れてもらった。刹那は俺から手土産(刹那が好きなケーキ。彼女が甘党なのは有名だ)を嬉しそうに受け取ると、ぱたぱたと駆けていった。たぶんさっそくケーキを食べる準備をしにいったんだろう。


 前に来たときから何も変わっていない家。俺は用がない限りここにはこないようにしているから、最後に来たのは半年前だ。


 「兄さん、仕事?」


 「ああ、遅くなるとは言われていないから、もうすぐ帰ってくるとは思うけど」


 寂しそうに刹那は微笑んだ。俺はその表情を見て、心臓が飛び上がるような気がした。あぁ、そんな顔しないで欲しいのに。


 「兄さんに話があったのにな、残念」


 「すぐ帰ってくるって。ライル、夕食はまだか? よかったら食べていかないか?」


 「いいの? 実は腹ペコなんだ」


 「口に合えばいいんだけどな」


 刹那はそうひかえめに笑った。彼女はそう言う笑顔のほうが似合っている。


 「・・・・なぁ、刹那」


 「なんだ?」


 「・・・・・なんでもない」


 「なんだ、いきなり。変な奴だな」


 くすくすと刹那は笑った。つられて俺も笑う。やっぱり言えない。言えるはずがない。


 そのとき、玄関で「ただいまー」と言う声がした。聞きなれた兄さんの声だ。刹那は嬉しそうに「帰ってきたみたいだ」と座っていたソファーから立ち上がった。


 「久しぶりに皆で食事だな、ライル」


 皆で、なんて。あぁ、この人はどこまでも優しくて、純粋で。


 「そうだな、義姉さん」


 俺はどこまでも、臆病者なのだ。





 この4文字を飲み下せ


 (言えるわけがない、「愛してる」だなんて)











 お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。