バタバタと隣の部屋から騒がしい物音が聞こえてきた。紅茶をお供に読書に勤しんでいたティエリアは、壁にかかっている時計に目を向けて時刻を確認すると、どうやらやっと起きてきたらしい同居人のために紅茶の支度を始めた。


 やがて乱暴に扉が開かれて、ぼさぼさ頭の同居人が顔を出した。寝巻き姿のまま、着替えてもいない。


 「おはよう、刹那」


 「・・・・おはよう」


 今何時? と尋ねた彼女の瞳は濡れていた。








 この奇妙な同居生活を始めてもう半年が経つ。統一を始めた世界にCBもガンダムももはや必要ないと判断し、メンバーは各々自分のための生活を始めた。刹那も、ティエリアも。


 一緒に住み始めたのに理由なんてない。ただ、刹那もティエリアも行くべきところも共にいるべき人もなかった。何も持っていない、からっぽな者同士なんとなく一緒にいる。


 「刹那、髪が乱れている。昨夜髪を洗って乾かさなかったな」


 「面倒だったんだ。それに今日はどこにも行かないから、別に構わない」


 「行かないのではなくて、行けないのだろう。もう4時だ」


 「うるさい」


 ぶそっとした顔で刹那は紅茶を飲み干し、無言でおかわりを要求した。ティエリアは呆れる事もなく、カップを受け取ると紅茶を注いだ。りんごの香りが鼻をくすぐる。


 「朝食・・・というか昼食はどうする? 朝のパンケーキが多少残っているが。あとバターも」


 「もらう。バターじゃなくて蜂蜜がいい」


 「そこの脇の戸棚に入っているから、自分で準備すればいいだろ。飲み物はミルクでいいな?」


 「ああ」


 CBにいた時から彼女の好みなど把握していたつもりだったが、この生活を始めてから、自分は彼女の事を何も知らなかった事に等しい事を思い知らされた。ティエリアは保存しておいたパンケーキを温めなおしながら、戸棚から取り出した蜂蜜を美味しそうにつまみ食いする姿を眺めた。ふと、こんな事を思った。


 彼なら、彼女がバターより蜂蜜を好む事を知っていただろうか?








 「ごちそうさま」


 「食器、出して置けよ。後で洗っておく」


 「わかった。ティエリア、もう一杯紅茶を入れてくれ。今度はアップルティーじゃなくて、オレンジ・ペコがいい」


 「・・・わかった」


 ティエリアは最初に紅茶を出したとき、刹那が軽く眉を寄せた理由を知った。好きな茶葉があるのなら、そう言えばいいのに。


 開け放たれた窓から風が入り、開かれていた本のページをめくった。しおりを挟んで置けばよかったと後悔しながら、ティエリアは紅茶の缶を手にテキパキと支度を進めていく。


 淹れ終わった紅茶を手に戻ると、刹那は机に突っ伏して寝息を立てていた。人に紅茶を頼んでおいてそれはないだろうと思いながらも、隣に腰を下ろす。


 「・・・−ル」


 刹那の唇が、彼を呼んだ。閉じられた瞼から涙がつぅと流れ落ちる。


 きっと彼の夢を見ているのだろう。それが幸せな夢なのか、悲しい夢なのかは分からないが。


 刹那が泣くときは、彼が関係しているときだけ。それ以外は、どんな苦痛を受けようとも嗚咽すらもらさない。


 ティエリアは、刹那と彼がどんな関係だったのかなんて知らない。一度ミレイナに尋ねられた時きっぱりと否定していたから、少なくとも恋人ではなかったのだろう。


 でも、仲間というにはどこか甘ったるく。夫婦というにはどこかさっぱりしていて。結局、彼女たちを言い表す言葉なんてないのだろう。


 「・・・・君は尋ねたら答えてくれそうだがな」


 でもそれは無理矢理型にはめた関係で、彼女たちを形容するには相応しくない。


 そんな言葉なんていらないから。


 だからティエリアは何も言わない。刹那が夜な夜な枕を涙で濡らそうとも。血が出るほど唇をかみ締めていようとも。


 窓から入ってきた冷たい風に身震いしながら、ティエリアは窓を閉め着ていたカーディガンを刹那の肩に掛けた。そしてそのまま、部屋を出た。


 淹れたての紅茶を、傍に残して。




 


 








 お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。