4年ぶりに帰って来た僕らのホームは新調されていた。それもそうだろう。以前のトレミーは大破して使い物にならなかったらしいから。


 雰囲気がものすごく変わったティエリアとなぜか生きていたロックオン(後で聞いたところによると、双子の弟らしい。ものすごく似ている)に助け出してもらい、他のトレミークルーとも再会できた。でも、


 刹那が、いない。


 ティエリアにそれを言うと、彼は真剣な表情で今から迎えに行くのだと言われた。


 詳しい事は理解できなかったが、刹那も僕と同じように捕まっているらしい。スメラギさんが立ててくれたミッションプランに従って、僕らは刹那を助けに行った。僕とロックオンが敵の目をひきつけている間に、ティエリアが救出してくる、そんなプランだった。敵は手ごわかったけど、なんとかミッションは成功した。刹那は帰って来た。そう、思っていたのに。


 ティエリアが連れてきた女性は、刹那ではなかった。














 誰もいないブリッジで、僕はアリオスガンダムを見つめていた。先ほどまで機体整備が行われていたけれど、今は僕しかいない。向こうでダブルオーガンダムの性能実験を行うので、皆そっちに行ってしまった。


 ダブルオーガンダム。奪還したエクシアとオーガンダムの太陽炉を両肩につけているその機体は、本来なら刹那が乗るべき機体だ。だけど今は誰も乗っていない。今みたいな性能実験などの時だけ、ティエリアが乗っている。


 乗る人は、いるのに。


 でも『彼女』では無理だろう。ガンダムどころか、一般のMSですら扱えない『彼女』では。


 「刹那・・・・」


 どこに行ってしまったのだろう。『彼女』の中にいるらしいけれど、なぜ出てきてくれないのだろう。起きているのなら、『彼女』の意識を押しのけてでも出てこれるはずだ。僕とハレルヤがそうであったように。


 今は待つしかない。ティエリアはそう言っていた。でも、残された時間は少ないはずだ。連邦軍が僕らを捜しているし、イノベイターたちが彼女を連れ戻しに来ないはずがない。


 「あの・・・・ハプティズムさん」


 振り返ると、今まさに考えていた人物がいた。刹那ではありえないその丁寧な呼び方に、嫌でも彼女は違うのだと知らされる。


 「第三ハッチって、どこですか?」


 「ああ、この奥の通路を右に曲がったところだよ。でも今そこでダブルオーの性能実験をしているはずだけど」


 「スメラギさんに、一応見学して欲しいと言われたので・・・」


 私には、何も出来ないんですけど。自嘲的に、どこか寂しそうに、そう彼女は微笑んだ。


 その表情が、いつかの刹那と重なって。


 ぼくは思わず、彼女に手を差し出した、その時。


 脳に直接響くような痛み。ぐらつく視界の隅に映る、見たこともない光。こみ上げてくる吐き気。


 〈お前は少し寝てろや、アレルヤ〉


 懐かしい声。もう聞けないと思っていた声。


 (待って、ハレルヤ、まだぼくは)


 視界が黒く塗りつぶされていくなか、ぼくは声にならない叫びを上げた。














 摩訶不思議な粒子が飛び交う中、一組の男女が向かい合うように立っていた。女の方は悠然と佇み、男の方は唇を吊り上げて獰猛に笑っていた。


 「おいおい、なんだこの粒子はよ? これもお前の差し金か?」


 「いや、確かに予想の範囲内だが、これほど早くに完成するとは思っていなかった。俺は少しイアンを侮っていたようだ」


 「そのわりには、ちっとも驚いちゃいねぇみてーだけどな」


 男がからかうように投げかけた言葉に反論するでもなく、女は小さく笑った。


 「で、お前はいつになったらでてくるつもりだ?」


 鋭い問いかけ。男の目がもう笑ってはいないように、女の顔からもまた先ほどまでの余裕は消えていた。


 「まだ、としか言えない」


 「それでいいと思ってんのか?」


 男の言葉に、責める響きはなかった。それゆえに、どこまでも深く突き刺さるような言葉だった。


 「まだ、俺はでてこれない。わかっているだろう? 後から人工的に作られた俺は、いずれは消えるべき存在なんだ。この身体は、俺のものではないから」


 「ここに必要なのはあいつじゃなくてお前だ」


 「それでも、俺は本来なら存在しないはずのものだ」


 女の態度に、男は舌打ちと共に「お前は変なところで真面目すぎんだよ」と漏らした。女は苦笑すると、「お前こそ、出てきてもいいんじゃないか」と尋ねた。


 「アレルヤがすいぶんと寂しがっているようだぞ」


 「あーそのままでいいんだよ、アイツは。こっち出てくんのもめんどくせぇし」


 「お前も俺のことをとやかく言える立場ではないだろう」


 立場が逆転し、ばつが悪そうな顔でそっぽを向く男に、女は仕方がないという風に微笑んだ。そして、ふと自分たちを包む粒子を見つめ、眉を寄せる。


 「どうかしたか?」


 「GN粒子の散布終了が予想より早い。ティエリアに何かあったのか・・?」


 「あのおかっぱなら大丈夫だろ・・・っ! やべぇ、そろそろ限界、か」


 男が痛みに耐えるかのように呻き、頭に手を当てた。女も険しい顔をしながら、必死にふらつく身体を支えている。


 「いつか」


 ぽつりと囁くかのような女の声は、小声であったけれど、強い意志を含んでいた。


 「いつか、俺は再びガンダムに乗り、戦場へと戻る。だから、その時は」


 最後の言葉を継ぎ、男は同じように囁いた。


 「その時は、また俺も戻ってやんよ」


 男女はお互いに笑い合い、そして瞳を閉じた。














 「ハプティズムさん、大丈夫ですか?」


 「・・・ん?」


 ぼくがゆっくり目を開けると、心配そうな顔をした黒髪の女性がいた。刹那、と呼びかけて、ぼくは彼女が刹那ではないことを思い出した。


 「あれ、ぼくどうなったんだっけ・・?」


 「私にも何がなんだか。でもスメラギさんが言うには、ダブルオーの性能実験中に放出された粒子が人体に影響を及ぼすものだったらしくて、それでアーデさんも体調を崩されたとか・・・・ハプティズムさんもきっとそれですよ」


 「へぇ、そんなことがあったんだ。君は大丈夫だったの?」


 ぼくが尋ねると、彼女は「私も気を失っていたみたいで・・・・今はもう大丈夫です」と笑った。


 「そう、ならよかった。でもそんなことがあったんじゃ、ダブルオーの性能実験はしばらく中止だね」


 ぼくはそんな他愛のない話をしながら、胸になにかもやもやしたものが溜まったいるのに気がついた。何かを忘れている。だけど何を忘れているのか、全く分からない。


 気を失う前聞いた声が誰の物だったか、ぼくは思い出せないままだった。





 










 お題は夜風にまたがるニルバーナさんよりお借りしました。