私が知っている手はふたつある。


 ひとつは血に濡れた真っ赤な手。


 もうひとつは真っ白な手袋をしているだけの、やっぱり血で真っ赤な手。


 私はどちらの手を取ればよかったのだろうか。











 私がブリッジに駆け込むと、他の人はすでに配置についてマイスターたちのサポートをしていた。私がここにいたって何もできることはないのだと、今更ながら実感した。


 戦況を伝えるグレイスさん。的確な指示を飛ばすノリエガさん。巧みに輸送艦を操縦するアイオンさん。皆、懸命に戦っている。私は邪魔にならないように隅っこでじっとしていた。


 姫、と呼ぶ懐かしい声はもう聞こえない。


 迎えに来た、と言っていた。この襲撃は私のせい。私がいるから、この人たちは危険にさらされている。だけどきっと、私が出て行ってもこの人たちは危険にさらされるのだろう。今は私がいるから直接攻撃が出来ないだけだから。


 出て行くことも、とどまることもできない。とんだ疫病神だ、私は。


 (刹那・・・)


 心の中で、彼女を呼ぶ。彼女だったらこの状況を打破できるだろうか。


 「敵MSから発射された輸送用ポッドがトレミーに着陸しました! 中身は・・・・オートマトンのようです!」


 「すぐに周辺のシェルターをおろして!」


 オートマトンという言葉に、いっせいに緊張が走った。私だって知っている。自立型無人兵器であるそれらが無差別に人を殺す場面だって見てきた。


 そんなものが、使われたなんて。


 「っ! ちょっと、どこへ!?」


 ノリエガさんの困惑した声に背をむけ、私はブリッジから飛び出した。幸いにもこのあたりはまだシェルターがおろされていないようで、目的地までなんとかたどりつくことができた。


 「赤ハロさん、ちょっとお借りします!」


 「え、おい、アンタ!?」


 整備を行っていたヴァスティさんを無視して、私は赤ハロを手に取る。状況が分かっていないのか、赤ハロはのんきにパタパタと耳? を動かした。


 「赤ハロさん、ガンダムのサポートできるんですよね?」


 「あ、ああ。一応はな・・・だがアンタ、そいつでどうする気だ?」


 ヴァスティさんの質問には答えず、私はきっぱりと言った。


 「ダブルオーガンダムの出撃準備、お願いします」


 私が言った事が信じられなかったのか、ヴァスティさんはぽかーんと口を開けたまま固まった。邪魔しないのなら都合がいい、私は身をひるがえしてダブルオーガンダムへと向かった。


 「おい、まさかアンタが乗る気か!?」


 「他に人員がいないでしょう? それに、これは『刹那』の機体です」


 「それはそうだが・・・・アンタじゃ」


 ヴァスティさんの言葉に、私はいい加減プチンときた。


 「あのですね、皆さん私のことを馬鹿にしすぎなんですよ」


 語尾を荒げることなく、私は静かに言った。


 「私は守られるだけのお姫様じゃありません。昔は何も知らなくて、守られるだけでしたけど・・・・・ここにきて、私は戦場を知りました」


 大地に流れるのは血。耳を貫くのは爆発音と悲鳴。最初は気絶しないようにするのが精一杯だけど、今は違う。


 「守るためには戦わないといけません。そうでしょう?」


 「そうだが・・・・・相手は」


 「知ってます」


 そう、相手は彼らだ。私も彼らとは戦いたくない。傷付けたくない。彼らがゆがみの原因で、今までたくさんの人を殺してきたのは知っている。


 だけど私に優しくしてくれた、あの時の笑顔は本物だ。


 人を殺めた手で、私の頭を撫でた。それを嫌だとは思わない。


 「私にとって彼らは大切なひとたちです・・・・だけど、ここの皆さんも大切なんです」


 私に手を差し出してくれた、それはどちらもおなじことだ。そして私はどちらの手も取った。


 「もう私は・・・・どちらの手も、離せないんです」


 呆けるヴァスティさんに笑いかけると、私はダブルオーガンダムのコックピットへと飛び乗った。赤ハロは自分のするべきことを分かっているのか、ダブルオーライザーのコックピットへと飛んでいった。


 複雑なコックピット内で私は深く息を吐いた。大丈夫、私は動かし方なんて知らないけど、彼女は知っている。それに赤ハロだっている。


 迷わずボタンを押し、レバーを引く。微かな機動音とともにコックピット内が明るくなっていくなか、私は最後のレバーを引いた、その瞬間。


 噴出す幻想的な粒子。ゆがむ視界。どこかでヴァスティさんの慌てた声が聞こえた。あぁ、でももう何も聞こえない。


 気がつくと私は不思議な粒子の中にいた。輝きが強くて何も見えない。あたりには誰もいないようだと見回したとき、正面に誰かが現れた。


 「・・・・初めまして、かな」


 ちょっとふざけて言うと、彼女は眉をひそめた。ああ、こんなにも同じなのに、雰囲気が違うだけでまるで別人のようだ。


 「ようやく会えたね、刹那」


 短い髪はそのままに。赤褐色の瞳はどこか悲しげに。


 刹那・F・セイエイがそこに立っていた。