『美しいまま死んでくれないか』 臨帝








 どうしようか、と帝人は真剣に悩んでいた。時計を見ていないから正確な時間はわからないが、かれこれもう30分は経っているのではないだろうか。別にこれから用事があるわけではないからいくら時間が過ぎようが構わないのだが、いいかげん正座した足がしびれてきて辛い。限界だと感じた帝人は、膝の上に乗っているふてぶてしい物体に伺いを立ててみた。


 「・・・・そろそろどいてもらえませんか、臨也さん」


 「いーや」


 語尾にハートマークでもついてそうな甘ったるい声で、気持ち悪いぐらい相合を崩した臨也が答える。帝人は震える握りこぶしを必死で抑えて、今なら世界が滅んでも構わないと、酷く物騒なことを考えた。


 「男に膝枕なんかしてもらって楽しいんですか?」


 「楽しいよ? だって帝人くんだもの」


 わけがわからないその返答は、帝人にとって何の意味も持たない。30分以上も何もせず臨也の枕となっている帝人にしてみれば、楽しいどころか嫌がらせに近い。


 「それにしても、帝人くん、ポーカー弱いねえ」


 「臨也さんが強すぎるんです。あと、ゲーム中にべらべら余計なお喋りするんでこっちが集中できないんです」


 「あれくらいで集中力を乱しているようならまだまだだよ」


 でもまた帝人くんにお願いきいてもらいたいから当分は弱いままでいてね、なんて自分勝手な台詞をのたまう臨也の顔にクッションを押し付けて、あわよくばこのまま窒息死してくれと帝人は神様かなにかに願った。


 いきなりポーカーを吹っかけられて負けた上にこんなお願いをされたのだから、帝人は1時間ほど前の、自宅でご飯食べさせてあげるという臨也の誘いにほいほいついていった自分を呪った。好奇心と警戒心を同じ比率にしろ、と散々注意してくれた親友に心の底からわびる。


 「寝るんだったら普通に寝ればいいのに」


 「帝人くん枕のほうが疲れも吹っ飛ぶし」


 「そのまま魂まで吹っ飛んで帰ってこなくていいですよ」


 「死ねって言ってるよね、それ」


 酷い! と大げさに唇を尖らせる臨也。でも、と帝人は臨也の顔を眺めるたびに思う考えを、ふと唇に乗せてみた。


 「臨也さんはこのまま死んだほうが幸せかもしれませんよ?」


 「なにそれ。まあ、帝人くんの膝の上で死ねるなら本望だけど」


 「うざいです、臨也さん」


 いちいち反応がうざいというか気持ち悪い臨也に冷ややかな視線を向ける。視線で殺せるのならば、帝人はもう何度臨也を殺したことか。


 「だって、臨也さんって顔以外取り柄ないでしょう」


 「え、酷い。他にもいっぱいあるじゃない」


 「ありませんよ。その顔だって、何十年かしたら醜くなってしまうんでしょうし」


 顔の良さと性格が反比例している臨也がこのまま年を取ったら、それは歪んだ老人になるだろう。童話に出てくる意地悪な老婆がそのまま男になった姿を想像した帝人は、哀れみを含んだ視線で臨也を見下ろした。


 「この綺麗な顔のまま、死んでしまうほうが幸せかなって」


 「意外だな、帝人くんが俺を褒めてくれるなんて」


 「褒めてませんよ。ただ、綺麗だなって思うだけです」


 それは宝石やガラス細工を見て綺麗だと思う感じに近い。褒めてはいない。ただの感想にすぎない。綺麗なものを綺麗と言って何が悪い。どうせ性格の悪さは顔と関係ないし、と帝人は思う。


 「ってわけで死んでみませんか、臨也さん?」


 「君に殺されるならそれはそれで魅力的なんだけどなあ」


 そうだね、と臨也はなにかいたずらを思い立ったような子供のように無邪気な、それゆえ酷く残酷な笑みを浮かべて。


 「帝人くんがその可愛い顔のまま、一緒に死んでくれるならいいよ」


 「可愛くないのでお断りします」


 間髪いれずにきっぱり断わった帝人は、思いっきり足を引いて臨也をソファーから突き落とした。





   











 お題は骸に花さんよりお借りしました。




















 『くるくると 踊らされる』 臨帝











 くるくるくるくる


 「臨也さん」


 くるくるくるくる


 「臨也さん」


 くるくるくるくる


 「いい加減にしろこの人間失格」


 回転式のイスに座って戯れていた臨也の顔面に鈍い音をたてて帝人の足がめり込んだ。仏の顔も三度までというが、帝人はそこまで優しくない。


 「人呼び出しておいて無視するとか、ほんと、何様のつもりですか?」


 蹴った勢いでフローリングの床へと落ちた臨也を見下ろす。無様な姿というのに、それでも嬉しそうなその微笑みに少しだけ腹が立った。いつも以上に気持ち悪いその姿にため息をつくと、帝人は先ほど彼の助手から訊いた心当たりを話した。


 「波江さんに聞きましたけど、またなんか胡散臭いことやらかしたみたいですね? その様子じゃ、悪巧みは成功したみたいですけど」


 「そうなんだよ! 今回はちょっとばかし面白おかしい奴ばっかでね。とりあえず偽の情報で混乱させてから」


 「あ、詳細とか話さなくていいです。別に聞きたいとも思いませんし」


 「もう、帝人くんのいけず!」


 それは使い方が間違っているんじゃないのかなそもそもいけずってどんな意味だっけともあれ今使うのが間違っているのは確かだよなあ。面倒なので突っ込まなかったが、帝人の心では前記のような疑問や考えが渦をまいていた。床に寝そべったまま、なにがおかしいのか臨也はずっとくすくす笑っている。そのテンションはまるで酔っ払いのよう。


 帝人はそんな臨也を一瞥すると、彼のベッドに置かれていたクッションを大きく振りかぶって投げた。目標はもちろん、臨也の顔面。


 「お昼寝してください、臨也さん」


 有無を言わせない口調で言う。呆けた顔をしている臨也に次々とクッションを投げつけながら、帝人は片手で彼のベッドを整えた。徹夜明けはテンションがハイになることが多い。こんなハイテンションの臨也の相手をするなど、想像するだけで疲労が溜まる。


 「寝てないでしょう、臨也さん。徹夜明けでテンションがウザったい臨也さんの相手をするほど、ぼく、暇じゃないんです」


 「えぇーせっかく帝人くんが来てるのに」


 まるでお気に入りのおもちゃを取り上げられて拗ねる子供のように、臨也はクッションを抱きしめながら唇を尖らせた。しばらくそのままブーブー言っていたのだが、急に立ち上がるといぶかしんだ帝人の手首を掴んで、そのまま共にベッドに飛び込んだ。


 「帝人くん、一緒にお昼寝しよう! そしたら俺も休めるし、帝人くんと一緒にいられるし、一石二鳥!」


 なんで!? とかはぁぁ!? という抗議の叫びは顔に押し付けられたクッションの中に消えた。とにかく脱出を試みようと全力でもがくが、平均的な男子高校生の身体より少し小さい帝人と立派に成人した臨也では勝負にならない。あっという間に毛布までかぶせられ、お昼ね準備は完璧になっていた。


 「帝人くんは断わらないよね?」


 目と鼻の先にある臨也の、毒々しいまでに紅い瞳が嬉しそうに細められた。


 「用件も言わない俺の呼び出しに応えてしかも俺の体調を心配してお昼寝タイムを用意する帝人くんは、三日も寝てない俺を放っておけないし、この手を振り解いてすたこらさっさとこの場から立ち去るなんて選択肢も持っていない」


 「・・・・・・まさか、このためだけに呼び出したんですか?」


 「さぁ、どうだろうね?」


 寝よう寝よう、と臨也は抱き枕よろしく帝人の身体を抱きしめる。このまま気管が圧迫されて気を失えたら楽なのになあと願うが、残念なことに意識ははっきりしていて、触れた部分から臨也の鼓動とか体温とかがリアルに伝わってくる。それだけのことなのに、なんだか無性に恥ずかしくて死にたくなった。





  











 お題は選択式御題さんよりお借りしました。














  『自分からやっといてアレなのですが、』 静←帝











 唖然とする静雄の顔は、ぽかんと開けられた口が少々間抜けに見えなくもないが、それでもとても綺麗だと思った。染めたにしては枝毛が少ない、夕日に反射してぼんやりと茜色に染まった金髪がさわりと風で揺れた。触れたい、と思う。どこか大型の犬を彷彿とさせる静雄の髪をわしゃわしゃーってしたいな、と思った。


 「りゅ、竜ヶ峰・・・・・?」


 うろたえながら静雄が帝人を呼ぶ。その声で我に返った帝人はものすごい勢いで静雄から離れた。夕日も落ちかけた人の少ない公園で、ベンチに座った男がふたり、怪しいよなぁと頭の一部がどこか間の抜けた感想を抱いた。


「や、その、これはですね・・・・・・」


 自分が何をしたのか思い出して、羞恥で頬に血が上る。慌てて言葉を紡ぐが、傍から見ても滑稽なくらい狼狽している自覚はあった。あの、その、と意味のない言葉を口にする帝人に影響されてか、みるみるうちに静雄の頬が赤く染まっていく。


 「し、しじゅおさん!」


 焦って噛んだ。しかも意識していないのにものすごい大声が出た。羞恥で今なら死ねる、ていうか誰か殺してください。帝人は穴があったら入りたいという言葉を実感していた。


 「自分からやっといてアレなのですが」


 その場の勢いというか、なんというか。たまたま会って、とりとめのない話をして、笑う静雄を見て好きだなとしみじみ思って、ふと夕日が差し込んでなんかいい雰囲気になって、気がついたらちょっと顔が近くて。


 「さっきのこと・・・・・・忘れてください」


 「へ・・・・・・?」


 静雄が呆けた声を出す。そりゃそうだろうなあと思う。忘れろなんて無理だろう。でも忘れて欲しい。できないだろうけれど、なかったことにしてほしい。


 今のキスを、なかったことにしてください。そう言い残して帝人は全力ダッシュでその場から逃げ出した。後ろから静雄の焦った声が聞こえたが、持てる力の全てを逃げることに費やした。裏道を駆けながら、帝人は馬鹿だなあと自嘲した。アハハハ、と心の底から自嘲した。





 











 お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。


























 『何かいろいろとすみませんでした』 静帝  『自分からやっといてアレなのですが、』 の続き











 まるで自分を閉じ込める檻のように左右の壁に突き刺さっている道路標識とガードレールの残骸を眺めながら、帝人はちょっと本気で近未来からやってきたネコ型ロボットが所持している常識とか物理の法則とかを無視してどこにでも行ける扉が欲しくなった。もしくは非常に不安定なつくりをしている板状のタイムマシンでも可。


 帝人がうっかり現実逃避をしている間に、帝人を薄暗い路地の壁際にまで追い詰めて逃げられないようにやたらと公共物を投擲してきた人物が近付いてきた。じゃり、と彼の靴が舗装された地面を踏む音で、帝人はようやく我に返ったが時はすでに遅かった。


 「鬼ごっこなんざ、ガキの頃以来だな」


 「いやいや。静雄さん、いつも臨也さんとしてるじゃありませんか」


 「あれは殺し合いだ。つかノミ蟲の名前を口に出すな。お前が汚れる」


 まるで臨也が細菌かなにかのような扱いだ。しかし確かに彼の人となりを考えると臨也菌とか繁殖してそうで、帝人はぶるりと身体を震わせた。


 「で、お前はこんなことになってんのにむかつくくらい冷静だな」


 「いやですね、よーく見てください。上半身は余裕かましてますけど、膝なんてもうガクガクなのがよくわかるじゃないですか」


 気を抜いたら意識とかぶっ飛びそうなくらい怖いのだが、ここで気絶した方がもっと怖いので必死に耐えているだけである。静雄が何のためにここまでして自分を追い詰めたのか、その原因に心当たりがあるだけによりいっそう恐怖が増す。


 (怒ってるんだよなあ・・・・ていうか普通は怒るよね。まだ殺されてないだけマシ、か)


 つい先日の一件を思い出して、帝人の唇の端に自嘲と苦笑が交じり合った笑みが浮かぶ。それはまだ成人もしていない高校生には似合わない、まるで40代の中高年のような哀愁がただよう笑みだった。16年間の長くも短くもない己の人生が走馬灯のように脳裏に浮かんでは消えていく。


 なかったことにしてしまった、なかったことにするしかなかった。忘れてくれ、という懇願を撤回するつもりはない。無理だと百も承知で、その上で帝人はそう言ったのだ。


 殴られても構わない。殺されるのはさすがに嫌だが、病院送りにだってなってもいい。


 それで以前のような関係に戻れるのなら、帝人はどんな激痛だって耐えられる自信がある。


 だん、と静雄の拳が帝人の右耳すぐ脇の壁に叩きつけられる。コンクリートでできたビルの壁のその部分だけ、静雄の拳を中心にくもの巣のような亀裂が生じる。漫画などに載っていそうな綺麗な亀裂を凝視する暇もなく、近付いてきた静雄の顔に思わず目を瞑り身体を縮こまらせた。殴られるのなら顔はやめて欲しいと思う。目立つところに痣を作られたら、正臣などに弁解するのが面倒だ。そう思って歯を食いしばった、その唇に。


 「忘れられるわけねえだろ、ばか」


 感情を押し殺した言葉と共に、なにか暖かいものが押し付けられた。それがなんだか理解する前に離れていったが、いつのまにか静雄に手首をつかまれ、逃げられないことには変わりない。


 「あんな顔して忘れろとか、それではいそうですかとか言う奴がいると思ってんのか!? お前頭いいくせに馬鹿だろ! 問い詰めようとしたらものすごい速さで逃げやがって! いつもはなにもない道でこけるくせになんであーゆー時だけ速いんだ!? ていうかキスしたくせに忘れろってなにごとだ! 一瞬でも浮かれた俺のことを考えろ! 好きだ!」


 「え、あ、ごめんなさい・・・・・・・って、あれ?」


 すさまじい勢いで怒鳴られて思わず謝ってしまったが、なんだか最後あたりに流してはいけないような言葉があった気がする。まじまじと静雄の顔を見て気がついたが、帝人の錯覚でなければ静雄の両耳と頬が赤い。


 「静雄さん、あの・・・・」


 「計画としては」


 帝人の戸惑いを遮って、静雄は淡々と語りだした。


 「もうちょい仲良くなってから俺ん家招待して、お互い家を行き来するようになったりお前の誕生日祝ったりちょっと遠出して出かけたり下の名前で呼び合うようになったら、俺から告るつもりだったんだけどな」


 「はあ・・・・・」


 「何日も考えた計画、ノミ蟲に邪魔されるのは予想してたがまさかお前に壊されるとか思ってなかった」


 「それはなんていうか・・・・・・色々とすみませんでした」


 でしょうね、とはわが身可愛さに口が裂けても言えない。


 「色々計画狂っちまったけどな、竜ヶ峰」


 いつの間にか帝人の手首は自由になっていたが、帝人はもう逃げようとは思わなかった。静雄の大きな手がそっと、しかしたどたどしく帝人の頬を撫でる。


 「好きだ、俺と付き合ってくれ」


 「・・・・・・・・答えのわかっている問いかけして楽しいですか?」


 「ああ、お前が恥ずかしがってる顔が可愛い」


 「っ!」


 余裕ぶってにやりと笑う静雄は腹が立つがかっこよかった。こういうのを惚れたのが負けというのだろうなあとか思いながら、帝人は微笑みながら至近距離にある静雄の頬にそっと唇を押し付けた。きちんとしたキスはまだ、うっかりでもないとできそうにはなかった。 





 何かいろいろとすみませんでした




















 お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。


























 『恥ずかしいくらいベタなラブソングを君に』 幽帝











 どうしてこうなったのかと今日何度目になるかわからないため息と共に考えたが、結論は変わらず目の前の青年と彼にほいほいついて行った自分にあるということにいきつく。タイムマシンがあるのなら今すぐ過去の自分に正座で一時間説教コースと洒落込みたいところだが、帝人の肌を刺す無数の視線がそんなささいな現実逃避すら許さない。


 「うん、やっぱり可愛い」


 「なにがですか、幽さ・・・」


 目の前で深く頷いている幽を視界に入れた途端、帝人はあまりの麗しさに絶句した。絵に描いたような美形という言葉は存在するが、彼の場合絵にも描けない美形と称した方が相応しい。スタッフが用意したのだろう、ゴシック調の燕尾服は彼に良く似合っている。


 「どうかした?」


 「いえ、自分の平凡さを改めて確認しただけです」


 無表情のまま首を傾げる幽になんでもないと返して、帝人は改めて自分が今着ている、先ほど非常にノリがよろしい女性フタッフたちに着せられた、おそらくは幽が着ているものと対になっているのだろうゴシック調の、白と黒のコントラストがとても綺麗なドレスを見下ろした。ご丁寧に帝人の髪質に合わせた長いウィッグをかぶせられ、薄いとはいえ化粧までさせられている。男としてのなにかが砕けた気がして、帝人はがっくり項垂れた。


 「ほんと、なんでですか・・・・・・・」


 「あれ、説明してなかったけ? この人の新曲のPV撮影なんだけど」


 幽が手渡してきたCDのジャケットに映っている女性には帝人も覚えがある。日本どころか世界でも活躍中の有名歌手だ。もちろん帝人はしっかり彼の説明を訊いていたので、幽がこのPVに出演することも、一緒に出るはずだったキャストが入院jしてこれなくなったことも、そのため緊急にそこそこ若くて見た目も良い人材が必要になったことも知っていた。帝人が尋ねたいことはそんなことではない。


 「なんで女性役をぼくが務めてるんですか・・・・・・」


 今回必要なのは、今帝人が着ているドレスを着て幽と踊る女性のはずだ。帝人は自分の性別を変更したつもりも変更するつもりもない。


 「だって帝人くんに似合うと思ったから。それにほら、ウィッグつけてメイクしちゃえばほとんど女の子だし、誰にもわからないって」


 「そーゆー問題じゃないんですけどね」


 日給一万円につられてほいほいついてきた自分が悪いのだと呪うしかない。どうせメインはその女性歌手であって、背景としてただ踊っているだけの帝人が注目を浴びることなどないだろう。がんばれ自分と帝人が自己暗示をしている間に、幽はスタッフとなにやら会話した後、全員を退室させていた。


 「じゃ、練習しようか」


 なんの、と視線で問う帝人に幽は手に提げていた小型のCDラジカセのスイッチを押した。流れてくるのは簡素な部屋に似合わないクラシック。


 「ダンスの練習。帝人くん、踊れないでしょ?」


 「ぼくの人生でまさかダンスを踊る日が来るとは思ってもみませんでしたからね」


 アルバイトとはいえ仕事だ。もし撮影中に幽の足など踏んでしまったらとんでもないことになる。いくら踊っている最中は幽がサポートしてくれるとはいえ限界というものがあるのだから、帝人自身意地でもステップを覚えなくてはいけない。


 「はい、じゃあ俺の腰に手を回して」


 「は、はい」


 おずおずと帝人が幽の腰に手を回すと、同じように幽の手が帝人の腰に回る。そのまま密着したまま、幽が踏むステップに続く。説明して理解するよりも、実際に踊った方が覚えるだろうというのが帝人と幽の見解であった。


 「1、2。1、2。はい、ここでターン」


 「こう・・・ですか?」


 「上手い上手い」


 幽に指示された箇所でくるりと一回転する。ふわりとまうドレスの裾はまるで映画か何かのワンシーンのようで、帝人は今自分がどこか別世界にいるのではないかと錯覚しそうになった。見かけは女性のまま、帝人は踊り続ける。


 「そういえば、この撮影の曲ってどんなものです?」


 慣れてきたのか、簡単なリズムなら会話しながらでも踊れるようになった。帝人から切り出したこの話題はPVに出ると聞いてから気になっていたものだし、なにより何もせず黙って幽と対面しているのは少々気恥ずかしすぎる。


 「幽さんは聴いたことありますか?」


 「あるよ。この人にはしては珍しいラブソングだと思った」


 珍しい、のところで帝人は首を傾げた。この女性歌手がラブソングを歌うことはなんら珍しいことではない。帝人の記憶が正しければ、先週のオリコンチャートで一位だったこの女性の歌はラブソングだったはずだ。


 「『キスをしたいのなら愛しなさい。愛したいのならまずキスをして』」


 「それ、は」


 「ね、ベッタベタのラブソング」


 幽が軽く歌った歌詞は確かに、その女性歌手にしては珍しい率直に愛を伝えるものだ。聴いているとまるで砂糖菓子を何個も口に放り込まれているような気分になる。


 「でも、これくらいベタなほうが伝わるものなのかもね」


 「え?」


 聞き返したところで、幽が帝人を持ちあげて一回転した。予想もしなかった動きに舌を噛みそうになりながらもなんとか着地をきめると、いつのまにか目と鼻の先にあった幽が相変わらずの無表情で尋ねた。


 「ね、愛してるからキスしていい?」





 恥ずかしいくらいベタなを君に

















 お題はAコースさんよりお借りしました。




















 『trigger-happy-end-all』 臨帝











 「君の首を絞める夢を見たよ」


 臨也がこの部屋を訪ねてきてから一度も振り返らない背中へそう語りかけても、その小さな背中が動くことはない。帝人の視線はずっとパソコンの画面に固定されたまま、臨也を見ることはない。ねえ、とその背中に話しかけて、帝人が振り返らないことなど欠片も気にせず臨也は言葉を続けた。


 「原因はわかんないなあ。痴情のもつれとか? でも俺浮気なんてしないし君もしないから違うよね。無理心中とかも趣味じゃないし。そもそもする理由がないし。場所は多分俺の部屋かなあ。ベッドの上。いいじゃんあそこなら押し倒されても痛くないし。冷たい床とかに押し倒されるよりはマシじゃない? そうそう、押し倒して馬乗りになって君の首を絞めてたんだよね、俺。帝人くんの首に両手をまわしてさ、こう、思いっきり力入れてるんだ。酸欠で死ぬ人間の顔ってものすごく汚いんだよ? 知ってた? 酸素不足で顔は変色するし、よだれたらしてるし、なんかもう色々汚いの。でも不思議なんだけど、帝人くんは汚くなかったんだよ。やっぱ夢って都合良くできてるんだね。帝人くんの汚い顔って想像できないな、俺。帝人くんはいつだって可愛いし。そういえば君ね、抵抗しなかったんだよ。俺がずっと首を絞めてる間、じっと俺の顔見てるだけだった。止めてくださいって言わないし、俺から逃げようともしないんだよ。泣きもしない。君が泣いているとこなんてベッドの中以外見たことないから、泣かないかなとは思っていたけどね、まさか死ぬ直前になっても泣かないなんて。なんかすごく帝人くんっぽいよね。それからさ、夢だからかな、帝人くんはずっと俺を見てるの。今とは大違いだね。でも一回も俺の名前を呼んでくれなかったのは嫌だったな。臨也さんって呼んでくれない君は嫌だな。やっぱり所詮夢は夢だよね。結局そのまま絞め殺したかはわからない。だって殺す前に目が覚めちゃったし。中途半端だよねえ。でもたぶんあそこまで力いっぱい締めたんだから、やっぱり俺は帝人くんを絞め殺したんだろうね。気管とか潰れてたら生きていけないし。脳に酸素がいかなくなったら、たとえ生きていたとしても後遺症とか残るんだよ? 中途半端に怪我させて苦しめるよりは一気に殺してもらったほうが帝人くんも嬉しいよね。でも殺すんだったら絞殺よりももっと楽に殺せて楽に死ねる方法があるのに。そっちのほうが良かったかな? 夢なんだから文句言っても無駄なんだけどさ。でも帝人くんに触っていられたから、俺は絞殺で良かったなあ。夢なんだけど体温あったんだよ、君。生きてるから当たり前なんだけどさ。やっぱり帝人くんってあったかいよね。子供体温ばんざい。締めてる首から体温が伝わってきてさ、やっぱり帝人くんって冬に抱え込むのに最適だよね。でも死んだから冷たくなるから、やっぱり生きていたほうが良いよねえ。冷たい君を抱きしめても、そんんなの俺嫌だし」


 「臨也さん」


 はぁと軽くため息をついて、帝人が椅子の座席部分を回転させて畳の上に寝転がった臨也を見る。その瞳に嫌悪はない。呆れもない。怒気もない。けれど、好意もない。なにもない。


 「その夢は臨也さんにとっての、悪夢でしたか?」


 帝人が問う、その答えを応えるべく臨也は唇を開く。夢なのにひどく鮮明に覚えている。まだこの手のひらに吸い付くように残っている、彼の細い首を絞める感触も。まだこの鼓膜にへばりついて残っている、彼の淡く色付く唇から漏れるとぎれそうな呼吸の音も。まだこの網膜に焼き付いて残っている、彼の氷よりも冷ややかな眼球に移る自分の顔も。


 全てが夢だと言うにはあまりにも生々しく、鮮明に思い出せるのに。


 「そんなの、俺が知りたいよ」


 帝人を殺そうとしたとき自分が何を思ったのか、それだけが思い出せない。





 trigger-happy-end-all

















 お題はルナリアさんよりお借りしました。