平和島静雄の将来は生まれた瞬間から決まっていた。両親はそんなことないと否定したし弟も「兄さんにだって道はたくさん用意されてるよ」と言ってくれたが、静雄本人はひとつしかないと思っていた。標識を引っこ抜く腕とコンクリートを砕く脚を持って生まれてしまったからには荒仕事に就くしかないと静雄が悟ったのはわずか10歳の時であった。
賞金稼ぎと称される職業がある。
正式名称は『政府公認討伐及び捕獲専門家』というのだが前記のほうがわかりやすいうえに正式名称が長すぎて誰もおぼえようとしないため、世間一般には賞金稼ぎのほうで名が通っている。
仕事内容はごくシンプルである。名は体を現すという言葉の通り、報酬を得るために指名手配されている人物、または物品を探し出し、役所に届ける。そうすれば一定の金額が手に入る。危険度は他の仕事より何倍も高いが、それに比例して手に入る金額も跳ね上がっている。そして仕事がなくなるという憂鬱もない。毎日のように殺人、窃盗、あげくには複数存在する非公認組織によるテロなどが巷を沸かせ、指名手配犯など捕らえても捕らえても次々と湧き出してくる始末である。
まさに天職だと、幼い静雄は語った。
ナイフどころか拳銃の鉛弾でさえ致命傷を与えられない身体を生かせる職場がそれ以外のどこにあるのかと熱弁した、その日から13年後。
ぶぅん、と空気が断ち切れた。目に見えないものを断ち切った存在はすさまじい勢いを保ったまま、もともと廃屋寸前にまで追い込まれていた鉄筋コンクリートのビルを倒壊という終わりを与えた。ガラガラと崩れ落ちるビルを眺めながら、静雄は失敗した、と舌打ちをする。
「あー、チクショ。やっぱコントールって大事っすね、トムさん」
「そだな。ていうかお前、あの道路標識どこから引っこ抜いてきたんだよ? このへんならともかく、まだあっちのほうはフツーに車とか通ってるだろ。ヤバくね?」
「てきとーにそこらへんから」
「・・・・・ま、なんとかなるか」
あらぬ方向を指差すと、上司であり賞金稼ぎという職業の先輩であるトムはがしがしと特徴的なそのドレッドヘアーをかきむしった。そのまま彼は静雄が投げつけた道路標識が頬すれすれをかすっていったことに腰を抜かしてへたり込んでいる、5日ほど前から指名手配になっている窃盗犯の男を見やる。
「っーわけで、大人しく捕まってくれや。こっちも生活かかってるし、お前もコイツに殺されるよりはブタ箱でマズイ飯喰いながら生きてたほうがいいだろ?」
トムの言葉に男が激しい勢いで首をたてに振る。商談成立、とトムはその男に近付くと首筋にスタンガンを喰らわせて昏倒させた。本当なら気を失った人間を運ぶよりは自分の意志で動いてもらった方が何倍も手間がかからずにすむのだが、役所に届けるまで気を抜くながこの仕事のスローガンである。隙を見て逃げられてはたまったものではない。
「んじゃ役所に行くか。こいつはぁちんけな窃盗犯だけどけっこう盗んでるし、そこそこもらえんじゃねーの」
「じゃあ俺車出してきます」
「頼むわ」
瓦礫と土砂が占拠するこの地区は、つい最近までそこそこ大規模な都市があった。しかし治安の悪化と共に住人は減り、最終的には爆破テロであちこちぶっ飛ばされて完全な廃墟地域と成り果てた。そんな地区はこの辺りにはごろごろしている。
瓦礫に阻まれないぎりぎりの場所に停めてある車を動かすべく、静雄はひょいひょいとコンクリートと木材の山を飛び越えて移動する。軽やかに地面に降りたった静雄は目の間に立ちふさがる半壊した家屋を見上げて、ふとその柱の隅に目をやった。
「・・・・・トムさん」
「おう?」
「なんか、落ちてるんスけど」
「げ、お前また犬とか猫とか拾う気か? 俺ぁこの前子猫貰い手募集の紙書きすぎて右手が腱鞘炎になったんだぞ。悪いことは言わねえから、見なかったことにしとけ」
「いや、今度は犬とか猫とかじゃないっス」
静雄はひょいとそれの首根っこを掴んで、背後からのろのろと男を担いだまま移動してきたトムに見せた。
「人間っぽいんスけど、どうします?」
その時トムが渋い顔をしながらも「捨てろ」も「見なかったことにしろ」も言わず無言で車のほうを示したので、静雄はやはり彼が上司でよかったと心の底から思うのだ。
貧血かな、と友人は呟いた。
「貧血?」
「うん。まああちこち軽く怪我してるしぶっちゃけ左足は捻挫してるけど、倒れてる原因はそんな感じかな。毎日三食しっかり食べさせてたっぷり睡眠をとらせてあげればすぐに回復するよ。今はまだ、目を覚ますまで様子を見るのが正しいけど」
防犯上の都合で廃ビルを装った外装と正反対な小奇麗に整えられた治療室で笑う白衣の旧友に、静雄はそうかと頷いた。静雄の先にある簡素なベッドには、腕に天敵の針が刺されあちこちにガーゼや包帯が巻かれた青白い顔の少年がひとり、まるで死んでいるかのように眠っている。
「で、この子どうしたのさ?」
「エリアD−3で拾った」
「へえ、あんな犯罪者かその一歩手前の人間しかうろついていない場所に、いったいこんんな子供が何の用だったのかな?」
「んなこと、俺が知るか」
吐き捨てるように囁くと、新羅は「だよねー」と笑った。明確な答えなど、新羅本人も最初から期待していなかったのだろう。だったら訊くなと叫びたくなるが、この旧友には何度も世話になっている手前、静雄がぐっとこらえた。
「ほんと世の中物騒になったもんだ。ついこの間もダラーズやら黄布賊やらが騒いでたけど」
「そんなこともあったな。でもそいつらって壊滅しただろ。俺も何人か残党捕まえたぞ」
「リーダーが失踪したらしいよ。ほんと、寄せ集めの烏合の衆って脆いねえ」
けらけらと新羅は笑うが、静雄は政府からも警戒されている私立組織の末期などに欠片も興味がないので「ふうん」と気のない返事を返した。それよりも考えなくてはいけない問題が目の前に横たわっている。
「こいつ、どうすっかな・・・」
「うーん。2、3日なら預かれるけど、ぼくも長期は無理だよ。ここ、入院設備なんて整ってないし」
トムには「拾ったからには最後まで面倒を見ろ」と念押されている。さすがに静雄も怪我人を、しかも自分よりはるかに年下の子供を放り出すほど残虐非道な性格ではない。
「やっぱ俺んとこで面倒みるしかねえか」
当然のように行き着いた結論に新羅が小さく笑って同意する。静雄には新羅のように同居人などいないので独自に決めてもまったく問題ないし、自宅もひとり増えた程度で生活に支障が出るほど狭くはない。
「お」
ぴくりと子供の瞼が震えた。一気に人間らしさを取り戻していく少年を見つめながら、彼の潤んだ瞳がいつも拾う犬や猫を連想させて、静雄は彼がなんと言おうとも自宅に引き取ることを決めた。