その瞳が嫌いだった。
正確に言うのならば、その瞳に宿る光が嫌いだった。
暖かいその光は、自分なんかに向けるべきものではない。
自分には、そんな価値はない。
無意味に連続で鳴らされるチャイムの音に、俺は読みかけの本を閉じてベッドから立ち上がった。おせっかいな隣人は人を不愉快にさせるほどチャイムを鳴らさないし、他のCBメンバーから来訪の知らせは受け取っていない。セキュリティがいいのか、ここには悪質なセールスの類もやってこない。
となると、考えられるのはただひとり。
「・・・・・やっぱりお前か」
無意識に眉間に皺がよる。苦笑いを浮かべるロックオンは土産だといって小箱を俺に渡した。貼られているシールから察するに、おそらくケーキ。
「せぇつなぁー」
いつも以上に甘ったるい声で、ロックオンが俺を呼ぶ。面倒なので好きにさせていたら、ベッドに腰掛けた俺の膝に頭を乗せてきた。いい歳した大人の癖に、たまに子供みたいな事をする奴だ。今日はいつもの私服ではなく、ぴしっとした黒いスーツを着ているから、一瞬誰だか分からなかったくらい、大人っぽくてかっこよかったのに。
(全部台無しだ)
それとも、今はそんなもの気にしていられないような状態なのか。
「ロックオン、重い」
嘘、本当は重くなんてない。
「ケーキ、俺のぶんもやるからさ。ちょっと我慢してくれ」
俺が甘い物好きな事を知っていて、この男はこんな提案をする。ケーキにつられたなんてかっこわるいけれど、俺は大人しくロックオンの好きにさせることにした。
「あー刹那やわらけー」
ぐりぐりとロックオンが俺の膝に頭を押し付ける。一歩間違えればセクハラともとれるその行動も、俺は黙って受け入れた。ロックオンは俺の膝に顔を伏せているから、どんな表情をしているのか、俺にはわからない。
でもきっとロックオンは、そんな表情を俺に見せたくないのだろう。
「・・・・言いたくなったら、言えばいい」
何を、とは言わなかった。言えば限りがないからだ。こいつが俺に言わないでいる言葉は、一言ですむような数ではない。
「・・・・うん」
嬉しそうに、けれども苦しそうに、ロックオンは小さく頷いた。
(よかった。顔、上げないでいてくれて)
今、こいつの目を見るのはつらい。
その瞳はきっと、俺以上のものを見てる
(そんな目をしないでくれ)
そこに宿る、暖かな光が怖い。
(俺にはそんな目はできない)
慈愛に満ちた、そんな目は知らない。
こいつがそんな目をするのは決まって、昔の傷に触れた時だ。
家族の団欒だとか、仲の良い兄弟だとか。そんなものを見たとき、こいつはこんな風にやたらめったらに俺に触れてくる。
俺だって馬鹿ではないから、こいつが何を求めてくるのかくらいわかる。だけど、俺はそれに応えることは出来ない。
「せつな」
ロックオンが俺の腹部に頭を押し付ける。すまない、そこから別の鼓動が聞こえてくる日はやってこない。
(お前の家族にはなれない。お前の子を宿す事は出来ない)
親殺しの俺が、望んでいいことではない。
人殺しの俺が、望んでいいことではない。
だから。
「せつな」
名前を呼んでもらえるだけでいい。俺の本当の名前ではないけれど、こいつが愛して、そしてこいつを愛している俺は、世界で『刹那・F・セイエイ』ただひとりなのだから。
「せつな」
すがるように手を握り締めてくるその手を握り返して、そこまで俺を求めてくれる彼を愛しいと思った。
それを誰かが愛と名づける
お題はイデアさんよりお借りしました。