唇から漏れた吐息は、きっと、できそこないの言葉の欠片だったんだと思う。
声をかけてしまいそうで、でもそんなことをする権利は俺にはない。
あいつの兄貴なのは『ニール・ディランディ』。
俺はただの、『ロックオン・ストラトス』なのだから。
突然押しかけたもんだから、刹那の眉間にはくっきりと皺が刻まれていた。お土産のケーキじゃ、なおらないかもしれない。
「せぇつなぁー」
甘ったるく呼ぶと、刹那の眉間の皺は深くなる。知っててやる俺はそうとうな馬鹿か。馬鹿でもいいと思いながら、ベッドに腰掛ける刹那の膝に頭を預けた。
「ロックオン、重い」
「ケーキ、俺のぶんもやるからさ。ちょっと我慢してくれ」
ケーキの言葉に反応したのか、刹那はピクッと身動ぎしたあと、大人しくなった。俺は思う存分刹那に甘える。
「あー刹那やわらかけー」
野郎である俺なんかとは違う、女の子らしいやわらかな身体。ぐりぐりと頭を膝に押し付けると、刹那が頭を撫でてくれた。うわ、珍しい事もあるもんだ。
「・・・・言いたくなったら、言えばいい」
独り言のように、刹那は呟いた。何を、とは言わない。何もかもを受け入れるように静かな呟きだった。
「・・・・うん」
何があったのか、刹那が俺に尋ねる事はない。俺も自ら進んで口にしようとは思わない。言ったら、刹那に何か大きなものを背負わせることになりそうで。
(こんな小さい女の子に、これ以上背負わせるわけにはいかない)
だから俺は、一番言いたい台詞を胸に隠し続ける。
(言えるわけがない、俺の)
家族になって、なんて。
今日は、俺の家族の命日だった。
当然のように俺は花を添えに行き、そこで見た。
俺と同じ顔をした、懐かしい男を。
(何年も会ってねぇのに、髪型まで同じかよ)
さすが双子、と言いたくなる。別にテレパシーとかが使えるわけでもないのに。
思わず声をかけたく鳴る衝動を、もう兄だと名乗る資格はないと必死に言い聞かせる事でどうにか抑えた。そう、もう俺は『ロックオン・ストラトス』なのだから。アイツの兄である、『ニール・ディランディ』などではない。
「せつな」
名前を呼んで、ぎゅっと手を握って。頭を刹那の身体に押し付ける、そこは、命が宿る場所。
(それは刹那を苦しめる)
彼女の中にあるのは、戦争の根絶という生きがいとガンダムだけ。我が子を抱く暖かな腕も、頭を撫でる優しい手も、彼女は知らない。
純粋に、ひたすら強く戦争の根絶だけを願う少女に、俺のよこしまな欲望は邪魔になるだけだ。
だから。
「せつな」
この名を呼べるだけでいい。この手を握れるだけでいい。この身体を護れるだけでいい。
「せつな」
彼女の隣にいられるだけでいい。
手を握れば握り返してくれる彼女が、とても愛しいと思った。
それを誰かが愛と名づける
お題はイデアさんよりお借りしました。