「ニール、ライルがちゃんとやってるか心配なの。貴方が見てきてくれない?」


 あの子連絡もくれないんだもの、とこぼす母親に冗談じゃないと思いながらも、俺はこういったことは断れないんだよな、とつくづく目の前の扉を見つめながら思う。目の前の玄関のプレートにはしっかりとライル・ディランディと、弟の名前が書かれたプレートが入っていた。





 あの日、ライルと刹那が想いを確かめていたあの日以来、ライルは俺への嫌悪やコンプレックスを隠すことをやめた。それだけではなく、学校や外で今までのライル・ディランディは偽者ではないのか、と疑いたくなるようなほど人が変わった。でも俺は何となく人が変わったのではなく、あれが本当のライルなのだと感じられた。今までどのくらいかはわからないが、俺のせいで他人のようなライルを演じていたのだと、そう思うとライルには申し訳なかった。


 大学入試の際もライルは当然のように俺と違う家から通うには少し遠めの大学を受け、受かると当たり前のように一人暮らしを始めた。





 俺とライルのぎくしゃくした空気に気づかなかったのか、それをなんとかしろとのことでなのかは知らないが、母親を今は怨みたい気持ちだった。重たい腕を上げてインターホンを押す。しばらく待っても出ないなら帰りたいところだが、生憎母親は一人暮らしの際に出した条件である、『合鍵を渡す』ことの約束のもとに自宅にあった合鍵をしっかり俺に母は渡していた。逃げられないということだ。


 人の気配がすることのない扉の向うを察知して、仕方なく合鍵を差込み扉を開ける。しかし、人気がなかったはずの扉の向うには俺の予想外の人物が立っていた。


 「……ニール・ディランディ?」


 それは俺を呆然と見つめるのは、俺のかつての思い人だった。





 「コーヒーはブラックか?」


 「ああ」


 ソファーに座りながら、慣れた手つきでキッチンでコーヒーを入れる刹那の姿はここに入り浸っていることを示していたが、考えてもみれば当然だった。そっと差し出されたコーヒーを見つめながら、


 「ライルは?」


 「俺がさっきインターホンで起こされた時にはいなかったから、さしずめそろそろ俺が起きると思って昼飯でも買いに行ったんだろう」


 そっか、と返すがどうも空気が重たかった。刹那は俺の向かいのソファーに腰掛けると、自分用に入れたらしい、カフェオレを飲んでいた。しかし、お互いあの日以来ろくな会話もしていないのだ、気まずいのは刹那も同じらしく視線はどこかに泳いでいる。


 「よくここには来るのか?」


 この雰囲気を打破しようと、俺は適当に問いかける。


 「ああ。同棲しないか、と誘われているが、さすがに高校生では無理だと断った。変わりに週末は入り浸り状態だ。もう半同棲だな」


 そりゃどこの親だって高校生の娘が同棲したいなんて言ったら反対するわな、と思いながら、絶対にライルが休日であるという理由だけで週末に来た自分を呪った。ラフなシャツにショートパンツという刹那はなんとなく色っぽくていけない気持ちになりそうだったし、本人は見えていないだろうと思っているのかもしれないが、所々覗く紅い痕が気になって仕方なかった。


 「ライルとルイスちゃんだっけ?あの子とは今もあんな感じなの?」


 「ああ」


  他に話題は、と振った話題に刹那は溜息をつきながら答えた。ライルと刹那が付き合うという話題はあの後すぐに学校中を駆け巡った。ライルの独占欲は凄まじく、噂にならない方がおかしいくらいだったが、そんな中おこったのが刹那の友人のルイス・ハレヴィとの刹那の取り合いだった。


 「今日も本当はルイスと買い物に行く約束だったんだが、あいつが……。全く大きな子どもみたいで困っている」


  困っているという割りにその顔はどことなく嬉しそうな笑みを浮かべており、それはあれからライルと上手くいっていることを示していた。


 「……それより、あの日のことを覚えているか?ライルと俺が付き合うきっかけになった日を……」


 言いづらそうに口を開いた刹那にああ、と静かに頷く。


 「あの日は本当に申し訳なかったと思っている。あの日、お前のおかげで今ライルとこんな関係になれたのは嬉しいが、お前にとっては最悪な日でしかなかったと思う」


 人のあんなところを見たわけだし……、と言葉を濁す。


 「あと、あの日の醜態を忘れてくれるとありがたい。俺も他人にあんなところを見られたなんて、冷静になった今思うと……」


 しどろもどろになりながら言う刹那に、わかってるよと言うと刹那はどこか安心したようだった。


 「でも、俺は刹那に感謝してる。あの日、ライルとの関係はこじれたけどライルの中ではずっとそうだったんだ。だから心の中で一人でそう思ってるより、表に出してくれた方がまだ修復可能だしな」


 なんだかんだで俺の弟だからな、と言うと刹那はお前ならきっとライルと上手くやれると微笑んでくれた。


 室内に流れていたぎごちない空気が和らいできたかと思うと、扉が開く音が聞こえた。


 「ただいまー。あれ、刹那誰か来てるの?」


 玄関からリビングに来て俺を見たライルは驚きを隠せていなかった。


 「に、兄さん……?」


 「お前がちゃんと一人暮らししてるか様子見に来たそうだ。お前の客だから俺が今まで相手してやっていたが、お前が帰ってきたならもういいな。俺は風呂に入る」


 刹那がライルの脇を通ってバスルームらしきところに行こうとすると、ライルは縋るように刹那の腕を掴んでいた。


 「あとでもいいだろ。……二人っきりになりたくないんだ」


 「誰かさんが明け方まで激しかったせいで俺は汗が気になる。本当は起きてすぐ風呂に入りたかったくらいなのに、我慢してやったんだ。それにお前らは兄弟だろ」


 なら見ず知らずの人間でもないのに何が問題なんだ、とライルの腕を振りほどいてスタスタ歩いていってしまう。でも俺はそれが刹那なりの俺への気の使い方なのだと思い至った。


 「なんの用だよ、兄さん」


 溜息をつきながら、ライルは嫌々先程まで刹那が座っていたソファーに腰掛ける。


 「母さんがお前の様子を見て来いって。お前が連絡しないからいけないんだぜ」


 「そりゃあ悪かったですね。ねぇ刹那となに話してたの?刹那は俺のだよ。兄さんがまだ好きだとしてもちょっかいかけないでよ」


 思いっきり睨んでくるライルに苦笑いを浮かべながらも、俺よりも刹那が大事なライルとは違い、俺は刹那よりの家族のライルの方が大事なんだな、と改めて思う。ライルとの関係がこれ以上崩れてしまうくらいなら、俺は刹那と他人にも兄妹にもなれるそんな気がした。


 「未来の妹になるかもしれない女性と弟について話してた。お前、普通に考えて高校生で同棲は無理だぞ。卒業くらいまで待てよな」


 そんなこと刹那は言ったのかよ、とこぼすライルは俺が知ってるライルより幼く見えて、俺は刹那を通してなら少しずつライルに本当の意味で近づいていけるのかもしれないと今度は苦笑いではなく、笑みを浮かべた。

















 ヒツジ雲の相良アキ様より、アキ様宅で連載されていたライ刹♀←ニル小説の続編をニール視点で書いてもらいました。


このシリーズ大っっっ好きだったのでとても嬉しいです。独占欲まるだしなライルに萌えました。


 相良アキ様、ほんとうにありがとうございました。本家の『〜だけの貴方』シリーズは一見の価値ありですよ皆様!