腹ペコで帰宅すると、家のキッチンが戦場になっていた。


 「はぁ?」


 「あ、ギルベルトさん、お帰りなさい」


 その戦場からひょっこり顔を出したのは、割烹着姿の菊だ。なぜ彼女が自分の家で料理をしているのかはわからないが、それよりも。


 「ヴェー、この野菜を切ればいいんだねー」


 「待て、お前は危ないから刃物を持つんじゃ」


 「なーにー?」


 「危ない! 刃物を持ったままうろちょろするな! いったん包丁を置け!」


 「きーくー、野菜どこー」


 「お前はもう何もするなぁぁぁぁぁ!」


 弟の絶叫に菊が顔色を悪くする。もうそれだけで全てを察したギルベルトはちらちらと心配そうにそちらを見る菊に「行ってやれ」と声をかけた。


 「また後ほど、説明します」


 ぱたぱたと駆けていく菊の背中を見つめながら、ギルベルトは戦場から聞こえ続ける弟の絶叫から逃げるように自室へ戻った。











 出てくる料理の全てが美味しかった。強いて言うのならビールがほしいところだが、さすがにそこまで望むまい。ギルベルトは同時に肉じゃがに箸を向けた弟を視線で黙らせると肉じゃがを口に運んだ。


 「たくさんあるんですから喧嘩しないでください」


 「いーんだよ。弟が兄に譲るのは自然の摂理だ」


 偉そうに肉じゃがを独り占めするギルベルトにルートヴィッヒがため息を吐き、フェリシアーノが悲しそうにヴェーと泣いた。


 「菊、あとで肉じゃがのレシピちょうだいね」


 「いいですよ。ファリシアーノくんも料理の腕はお上手なのですから・・・・あとは火の元などにさえ気をつければ」


 そのせいで彼の自宅が燃えかけたことはギルベルトの記憶にも新しい。彼の兄が怒ってなだめるのが大変だったと、悪友が話していた。


 「これから気をつけていいのですけれど。今日はそのための料理教室でもありましたし、それに」


 へぇ、と適当に相槌を打つギルベルトの前に菊が料理の盛られた皿をいくつか置いた。良く見ればそれらの料理には全てギルベルトが苦手としている食材が使われている。


 「・・・・菊?」


 視線で問うと、菊はにっこりと微笑んだ。可愛らしい笑みなのに、なぜだろう、ギルベルトの背筋は氷でもあてられたかのようにゾクリと震えた。


 「ギルベルトさんの好き嫌いを直す、よい機会でもありますから」


 「・・・・・・っ!?」


 やけにジャガイモ料理が多い理由はこれか、とギルベルトは天を仰いだ。おそらくは、好物ばかり出してギルベルトが逃げないようにしたのだろう。しっかり釣られた自分が情けない。


 「しっかし・・・マジで俺の嫌いなもんばっか・・・ヴェストが教えたのか?」


 「兄さんが嫌いな物は俺だって嫌いなのに、教えると思うか?」


 「じゃあフェリちゃんか?」


 「ヴェー俺だってここまで詳しくは知らなかったよー」


 へ? と呆けた顔をすれば、小さく菊が笑った。


 「存じておりますよ。ギルベルトさんのことでしたら、なんだって」


 綺麗に微笑んで料理を薦める菊の台詞に、ギルベルトはこっそり頬を染めた。





 きもいも全部ばれてる


 (うぬぼれてもいいだろうか。それくらい、自分のことを見てくれていたって)














 お題は群青三メートル手前さんよりお借りしました。