祈ってくれないか、ソラン? と彼は言った。
「俺、明日の聖戦に出れることになったんだ。アリーが、狙撃が上達したって褒めてくれて、それで」
自分よりいくつか年上の彼は、興奮により紅潮した頬をさらに紅く染めて言った。その顔を、自分はただぼんやりと眺めるだけ。
「祈り・・・・?」
「そう。ソランがしてくれたら、大丈夫な気がするんだ」
「大丈夫って・・・何が?」
生きて帰ってこれるようにだよ、そう答えて欲しかった。すると彼は「決まってるじゃないか」と、にっこり笑いながらさも当然のように言った。
「ちゃんと神の御許に行けるようにだよ」
そしてソランは祈った。震えを隠すために両手を組み、涙を押し留めるために瞼を閉じ。
次の日、彼は帰ってこなかった。
電子端末に表示されたデータを見つめて刹那は深く息を吐いた。半ば強引に押し決めた地上への移動まであと三十分ほどの余裕がある。堅苦しいパイロットスーツを上半身だけ脱いで少しだけ気を緩めたとき、部屋のドアが開いた。
「やれやれ、これっぽっちの怪我くらいで皆心配性だなー」
「・・・・ロックオン」
見慣れた端整な顔。だが今はその顔の右側を黒の眼帯で覆っていた。服の下の身体にはまだ包帯が幾重にも巻かれているのだろう。仮にも重体患者だったはずなのだが、ロックオンは健康体の時となんら変わらないしっかりとした足取りで歩き、刹那の隣へ腰を下ろした。
「刹那地上に行くんだろ? ゆっくりしてていいのか?」
「まだ余裕はある。イアンから機体整備完了の連絡もきていない」
「そうなのか? エクシアもぼろぼろだったからな。おやっさんも苦労してるんだぜ、きっと」
いつもと同じ屈託のない笑顔。右目の物々しい眼帯とはあまりにも不釣合いで、見ていて刹那は胸が張り裂けそうだった。
「ロックオン・・・・・・」
恐る恐る伸ばした指先はロックオンの眼帯に触れた。最初は驚いた顔をしていたロックオンだったが、すぐに表情を和らげる。
「傷は・・・痛むか?」
「まさか。もうほとんど感覚ねぇよ。ドクター・モレノは優秀だな」
刹那のそれよりも大きなロックオンの手が刹那の髪を撫でた。くしゃくしゃとかきまわすような感触が嬉しくて刹那は目を細めた。
「心配、した・・・・。心臓が止まるかと思った・・・」
「そりゃ嬉しいな。だけどな、刹那。お前が無茶するたびに俺は何度も心臓が止まる思いをしてんだ。たまにはぎゃくの立場になったっていいだろ?」
「いいわけあるか、馬鹿」
無茶苦茶な主張を返すロックオンに精一杯強がった刹那だが、すぐにくしゃっと顔をゆがめて、ロックオンの胸に顔をうずめる。
幼子をなだめるかのように、再びロックオンの大きな手が刹那の頭を撫でる。感じる暖かさに泣きたくなった。このままロックオンに縋り付いて、プライドも何もかも捨てて泣き叫びたくなる衝動を必死で押しこらえる。泣き言を言っても何にもならないし、たぶんそれは後から後から湧いて出て、彼を困らせる事になるだろうから。
「なぁ、刹那。お前は生き残ってくれよ。絶対、な・・・・」
「何を言って・・・・」
いぶかしんで顔を上げたとき、通信端末にイアンから連絡が入った。慌ててパイロットスーツを整え、ヘルメットを取る。
「そろそろ行って来る。アンタもさっさと自室へ戻れ。怪我人だろう?」
「だいじょーぶだって。見送りぐらいさせろよ」
突然、ぐい、と強い力で引っ張られて気付けばロックオンの腕の中にいた。驚いて顔を上げるとちゅっと軽いキスが刹那の額に落とされる。目線で行動の意味を問うと、ロックオンは「お祈り。刹那が帰ってこれるように」と笑った。
「じゃあな、刹那」
「あ、ああ・・・・」
ひらひらと手を振るロックオンに別れを告げ、刹那は急ぎ足でイアンの元へと向かった。頭の中で、先ほどのロックオンの言葉と共に遠い過去に聞いた台詞が響く。
『お祈り。刹那が帰ってこれるように』
『祈ってくれないか、ソラン』
(大丈夫。きっと何かの思い違いだ。絶対・・・・)
あの時のロックオンが『彼』に似ていた、なんて。
大丈夫。帰ってくればまた、彼は『おかえり』と言ってくれるはずだから。
『彼』のように、いなくなったりしないはずだから。
お題はカカリアさんよりお借りしました。