今まで29年間の人生を振り返ってみて、そういえば色事で苦戦したということはなかった。けれどそれが女にビンタされたことがないということにつながるわけではなく。むしろお遊びが盛んだったからそのへんの男よりは多く殴られている自信がある。嫌な自信だ。
「いってぇ・・・・」
音と痛みは比例するのだろうか。ずきずきと鈍痛を訴えてくる頬を気にしながら、俺は棚から消毒薬っぽいものをいくつか見繕った。CBの医務室にはなぜかスタッフがおらず、かわりにメディカルチェックの機械が置かれている。なんだ、これ? 怪我した人はご自分でどうにかしてくださいってか?
「うっわ、真っ赤じゃねぇか。明日あたり腫れてくるかもなぁ・・・」
鏡で確認した自分の頬は真っ赤になっていた。手形がついていないのがせめてもの慰めか。女性といえども私立武装組織の一員。侮ってはいけなかったということか。
嘆きながら手当てをしていると、唐突に部屋の扉が開いた。視線だけ動かせば、俺をここへ連れてきた張本人がいた。
「なんだ、その頬は」
「女の子口説こうとして失敗した結果」
端的にそれだけ言えば、刹那は納得したように「フェルトか」と呟いた。ああ、かっこ悪いなぁ、俺。
「刹那は?」
「鎮痛剤と鉄分のサプリメントをもらいにきた」
「鎮痛剤?」
どこか怪我でもしているのだろうか。しかし俺が来てから大きな戦闘はないし、どこか身体の一部をかばっているとか、そういった動きも見られない。
「月経だ。この週になると薬なしでは動くことさえできない」
「へ?」
あまりにも意外な言葉すぎて俺は理解するのに少し時間がかかった。ああ、そういえばこいつも女だったんだっけ。俺の視線が彼女の豊満な胸元に移ったのは・・・・まぁ、仕方がない。俺も男だ。
「よく冷やしておけよ。明日もトレーニングの予定がはいっているんだぞ」
「わぁーてるって。つか、腫れても俺のせいじゃないぜ。力いっぱい殴ってくれたのはあの子なんだから」
「どうせお前が怒らせるようなことを言ったんだろ」
「あ、ばれた?」
あーうん、俺が悪いってことはわかりきってる。だからそんなに冷たい視線を送るのはやめてくれ。
「ちょっとデートのお誘いをしただけなのにな」
「諦めろ」
「あ、だったら刹那、俺とデートしない?」
「しない」
即答だった。予想していたけどなんか落ち込むなぁ。俺、女の子にふられたこと滅多になかったし。
「兄さんがいたから?」
俺の勘だけど、あながち間違っちゃいないだろう。どこまでも俺の人生についてまわる兄さんの影。あぁ、全く嫌になる。
棚を漁っていた刹那が俺のほうを向いた。赤褐色の瞳が、じろりと俺を睨めつける。その迫力に俺はたじろいだ。美人は迫力があるって言うけど、それとは何か違う。
「なぜそこでニール・ディランディの名前が出る?」
「なぜって・・・」
刹那の態度に俺は言葉を詰まらせた。まさかのフルネーム呼び。兄さんとは恋人同士じゃなかったのか。
「ロックオン。俺がお前の誘いを断ったのは、その行動に価値を見出せないからだ」
「はい?」
「要するに、お前の魅力不足だ」
魅力不足。今までそんな不名誉な言葉を女性から頂戴した事は一度もない。それなりに顔は良いと自負していたのに。刹那の言葉は俺の自尊心に大ダメージを与えた。
「俺とデートしたければ、それ相応の男になって出直してこい」
はん、と鼻で笑って刹那は部屋を出て行った。なんだろう、男としての色んなものを打ち砕かれた気分だ。
「っは、あはははははっ」
壁に拳を打ち付けて、俺は盛大に笑った。兄さんの影だとか、そんなもんにぐだぐだ悩まされていた俺が馬鹿みたいだ。
「いいよ、刹那。いつか絶対に俺に惚れさせてやる」
相手は外形は絶世の美人、中身は超絶男前という今までに類を見ないタイプだ。これまで使ってきた手管は通用しないだろう。
あぁ、明日からがとても楽しみだ。
あんたは俺が今まで出逢った女の中で最高の女だ
お題はユグドラシルさんよりお借りしました。