兄は優しい人だった。自分とは大違いだ。
兄は頼れる人だった。自分とは大違いだ。
兄は好かれる人だった。自分とは大違いだ。
どこまでも、兄は自分とは大違いだ。
「刹那」
その声に振り返った刹那の眉はこれ以上ないくらいひそめられていた。そこまで嫌われているかと思うと、もはや笑うしかない。
「何の用だ、ロックオン」
「次のミッションプランでわかんないとこがあったから、刹那に訊こうと思ってさ」
「見せてみろ」
奪うように、刹那は俺の手から端末を取った。俺は刹那が嫌がると知りつつも、そっと刹那の方に手を置いた。案の定、刹那は思いっきり嫌そうな顔をする。
それでも意地になって、刹那は俺に離れろとは言わない。そのくせ、感情を表に出す。俺が離れる事を期待して。
残念、刹那が意地を張るのと同じように、俺も意地を張っている。だから絶対にこの手を離さない。嫌がらせをやめない。
「・・・で、このポイントにセラヴィーが到着しだいアリオスが・・・」
真面目に説明してくれる声も、俺の耳には入ってこない。あぁ、勘はいいくせに、どうして気付かないのだろう。こんなの、ただの口実だってことに。
「・・・・以上だ。他に質問はあるか?」
「サンキュー、刹那。さすがだな、刹那の説明は分かりやすかったぜ」
刹那、と呼ぶたびに、眉間の皺が深くなる。あぁ、嫌なんだろう? 俺に名前を呼ばれるのが。兄さんと同じ声で、同じ言葉を言われるのが。
刹那は何にもわかっちゃいない。刹那は嫌そうな顔をしていれば、そのうち俺が離れていくと思っている。あぁ、本当に何にもわかっちゃいない。
俺は刹那が嫌がるから、こうして刹那に接しているのに。
最初から好かれようとは思っていなかった。どれだけ好意を寄せても、刹那の中で、俺は兄さん以上の存在になれない。
それならばいっそ、とことん嫌われたかった。
憎まれて、嫌われて。負の感情の全てを俺に向けて欲しい。
どうせ刹那が持つ正の感情の全ては兄さんのものなんだ。俺には絶対に抱きはしないだろう。それに、負の感情の方が強く心に残る。甘ったるい、優しさや愛情なんかとは比べ物にならないくらいに。
だから、止めを刺すように、俺は軽く刹那の頬に口付けた。
「っ!? 何をする!」
「んー、説明のお礼」
刹那に殴られる前に、さっと身体を離す。あぁ、俺を睨む、刹那の視線がたまらない。赤褐色の瞳に宿る、嫌悪と憎しみが愛しくてならない。
その視線で死ねるなら、なんて喜ばしい事だろうか。
「・・・・用は済んだのだろう。さっさと出て行け」
「ありがとな、刹那」
「・・・・・出て行け」
かすれた声で、刹那は出て行けと繰り返す。その顔はまるで、嫌だ嫌だとだだをこねる子供のようだ。
(・・・・刹那、泣きそうだな)
どうしよう、刹那の泣き顔をすごく見たい。
その瞳から流れる涙は、きっと、ものすごく綺麗なのだろう。
このまま嫌がらせを続けていたら、いつか刹那は泣くだろうか。俺が流させた涙。うわ、ものすごく見たい。
そんな事を考えながら、俺は刹那の部屋を出た。
名残惜しく閉めた扉の向こう、すすり泣く声が聞こえた気がした。
君の涙の味を知りたい